第26章 還る
なお目線
『身体が…あつい』
私はあまりの暑さにゆるゆると目を開けた。
『私…どうしたんだっけ』
見上げると見慣れた天井。
身体に重みを感じ、横を見て息を飲む。
『信長様…あっ』
隣で寝ている信長様を見て…走馬灯の様に思い出す。
思わず大きな声を上げそうになって…必死で口を噛みしめる。
『起こしちゃいけない。ここにいちゃいけない。あぁ。私なんで…なんで…』
私は一度深呼吸をすると、ゆっくりと褥を出る。
身体は思うように動かず、苛立ちを感じながらも這うように文机に向かう。
『ごめんなさい…』
そのまま居なくなっていれば、こんな期待させなければ、これ以上信長様が傷つく事はなかったはずなのに…。
私は文机の引き出しから、カッターを取り出す。
『確実に…助けられたら…ダメなんだから…これ以上、もうこれ以上信長様を傷つけてはダメ』
私は音を立てないように、ゆっくりと刃を出していく。
背後を見てしまったら…決心が揺らぐ気がして、私は喉元に刃を当てる。
ギュッと目を瞑る。
『怖くない…大丈夫。お母さんもお父さんもいるんだから…信長様ごめんなさい。こんな私を愛してくれてありがとう』
手に力を入れると、喉に向かって刃を突き立てた。
何かに刺さる感触があったのに、痛みがない…。
私はゆっくりと目を開ける。
私とカッターの間には…誰かの腕があった。
「えっ…」
その腕を辿り上を見ると…そこには哀しそうな表情の信長様がいた。
私の身体はカタカタと震え、襦袢にポタポタとたれる血を呆然と見つめていた。
「なお…落ち着いて刃物から手を離せ」
静かな声が聞こえる。
「あっ…あぁ…」
「俺は大丈夫だ」
信長様が私の手をそっと包みこむ。
「あぁ…いや、いやぁ〜〜〜!」
私は刃物から手を離すと、ずりずりと後退りし声を上げた。
「お屋形様!なお!」
大きな音がして襖が開く。
「秀吉か…なおを頼む」
信長様の声に秀兄がこちらへとやってくる。
「なお。大丈夫だ。大丈夫だからな」
いつものように頭を撫でてくれて、優しく囁いてくれる。
私はあまりの緊張からの落差に、急激に意識をなくした。