第23章 二人の母
第三者目線
「秋野様…せめて沙耶とお呼びください。私もだいぶ慣れましたが、この世の習わしにまだまだついていけなくて…こそばゆいのです」
沙耶はふふっと笑う。
その笑い方も、その声もなおに似ていて、秋野は穏やかさを少し取り戻した。
「それでは…沙耶様と…」
少し微笑んで秋野は沙耶を見つめた。
「秋野様…なおを助けて頂きありがとうございました。
この世で、秋野様にお会いしなければ…なおと会うことは叶わなかったと思っています。本当にありがとう」
今度は沙耶が秋野に頭を下げる。
「その様なことおやめください。私は女中です。名も秋野とお呼びください」
そう言って…同じ様になおを窘めた事を思い出し、口の端に笑みが零れる。
不思議そうに微笑む沙耶に秋野は
「本当に親子なのですね…同じ様な事でなお様をお叱りした事がありました」
そう伝える。
「秋野。なおの近くへ…手を握ってやってください」
沙耶はそっと秋野の手を握ると、褥から出したなおの手とそっと重ねた。
「なお様は、この世に来られてすぐ自らの意思で落馬されました。
それからも、何度も何度も苦しみを味あわれ…やっと、信長様と…。
それはもう、華開く様に日に日にお綺麗になって…やっと…やっと幸せを手に入れたのに…」
秋野はまた、ぽたぽたと涙を落とす。
「…どこまで聞き及びかは分かりませんが、この子の父は亡くなり私は仕事場で出逢ったある男性と付き合い始めました。
別れるつもりだった…一からなおとやり直すつもりだったのに…私はこの世に来てしまった。
なおのいない世は闇でした」
一つ息を吐き沙耶は続ける。
「私は、謙信様に、佐助に春日山の人々に救われました。
なおは安土の方々に救われていたのですね…」
その言葉に、秋野は首を振る。
「救われたのは…私や皆の方です。
なお様の愛らしさ、純粋さに皆が救われました」
秋野は涙に濡れた目で、沙耶を見つめた。
「秋野。ありがとう。なおは幸せですね」
そう言って見つめ返す。
「なお…起きなさい。皆が待ってます」
沙耶は小さくそう呟いて、頭をそっと撫でた。