第14章 恋心
なお目線
佐助兄にそう言われた事は覚えていた。
でも…安土の人達を想うと、そんなに簡単に行きたいと言えない私がいた。
「何で?」
佐助兄は優しく問いかけてくれる。
でも、何から言ったら良いのか、分からないまま沈黙が流れる。
「…ごめんなさい。安土にたくさん大切な人が出来たから…」
私がようやく口を開くと表情を滅多に出す事のない、佐助兄の目が揺らいだ様に見えた。
「そうか…」
「本当にごめんなさい」
私は佐助兄に抱きつくと、それしか言う事が出来なくて、また沈黙が訪れる。
「そんなに大切な人がいるの?」
【大切な人】
その言葉に、秋野や秀兄…政宗や子ども達ではなく。
信長様の姿が浮かぶ。
ドクドクと心音が早くなり、顔が紅くなるのを自覚した。
「そうか…好きな人が出来たんだね」
「えっ」
佐助兄の言葉に驚いて、顔を上げる。
「顔が真っ赤だよ…。カマかけたつもりだったんだけど…当たりか」
「…分からないの。こんな気持ちになるの初めてで」
私は素直にそう告げた。
『昨日気付いたばかりの恋心?はてなマークがつくくらい、分からない、むしろ病気ですって言われた方が納得出来るくらいだし…』
「…無理は言えないけど」
佐助兄の私を抱きしめる手に力が入る。
「…痛いよ。佐助兄?」
無理やり顔を上げる。
「どう、したの?」
そこにはいつもと違う眼をした佐助兄がいた。
私はその眼に囚われた様に、目を離せない。
「佐助兄?」
もう一度名前を呼ぶ。
「なおちゃん…」
名前を呼んでくれる声もいつもと違って、漠然とした不安が心を過ぎる。
その不安が恐怖に変わろうとした時。
「ガラッ」
大きな音がした。
「佐助!」
その声に弾かれる様に、佐助兄は私から身体を離す。
「あっ。客か?ごめんな」
「いや、大丈夫。何かあった?」
佐助兄を見るといつもの様子に戻っていた。
「佐助兄!今日は逢えて嬉しかった。じゃあね」
私は、その場を離れたくて駆け出す。
「なおちゃん…」
手を掴まれて止められた。
「考えておいてね」
「つっ…分かった」
私がそう言うと手が離れる。
私はその場を駆け出した。
『佐助兄…どうして?』
それだけが、頭をぐるぐる回っていた。