第5章 闇夜の調べ
私の言わんとすることを分かっていてわざとやっているのか、悪戯に笑うとルカスさんの唇が、私の額に優しく触れた。ちゅ、と小さなリップ音を残してそれはあっさりと離れていく。
「……しかし、あのハイデスの馬鹿者には私からしっかりと灸を据えておきます。」
「えっ?……、あっ、……」
何のことを話しているのかと思ったが、今朝あったことを思い出して赤かった顔を更に真っ赤にさせた。
それもそうだ。ここはルシスさんの家だ。知らない筈もないし、どうやって私はこの部屋まで戻ってきたのかも分からない事を思うと大まかな事は想像がつく。
あまりの恥ずかしさにうずくまって顔を隠していると、そっと頭を撫でられた。
「ご、ごめんなさい……」
「おや、アンリ。なぜ貴女が謝るのですか?貴女は何も悪くなどありませんよ。」
にこりと笑ったルシスさんには、それ以上言わせない圧がどこかにあった。
しかし、詳細をあまり詳しく耳にしたくはない私は、そのまま静かに口を閉ざした。
「さて、折角ですので、外に散歩でも行きましょうか。一度外の空気を吸った方がいい。それに、午後の日射しを受けた湖畔は美しいですよ。」
それ以上は何も言わなかった私に満足したように、ルシスさんが笑うと、もうその話は終わりだというように言った。
「あ、行きたいです……外、まだ見てないので。」
「フフ、それでは、私は広間へ戻っておりますので、準備が出来ましたら降りてきてください。」
そのまま部屋を出たルシスさんに、パタンと静かに閉まる扉をほんの少しだけ眺めてから、着替えないと!と私は慌てて外に出る準備をはじめたのだった。