第5章 闇夜の調べ
「口付けて、抱き締めて、その柔らかな肌に触れて……あの甘い蜜を感じたい。君に触れて、その可愛らしい声を聴きながら、君の全てを愛したいんだ。」
掴んだ私の手に、唇を寄せる。愛おしそうに細められた瞳は、それでも真っすぐに私のことを捕らえていた。
「……でも、そうすれば私は止まれない。すぐにでも我を忘れてしまうだろう。君が欲しくて堪らないんだ……どうしようもないくらいに。」
黒い瞳の中に、私がはっきりと映っているのが見える。縋るようなハイデスさんの台詞に、私は何も返せなかった。どういう意味なのかも、分かっていない。
だが、続く言葉に、今ハイデスさんをこんなにも苦しめているのは、きっとそれなのかもしれないと、気が付いてしまった。
「だから、逃げてくれ。」
「にげ、る……?」
「あぁ、私が、これ以上君を求めてしまう前に……私の前から、逃げてくれ。」
何でハイデスさんがそんなことを言うのか、分からなかった。
でも、こんなにも辛そうな顔をするハイデスさんから、私は逃げなければいけないのだろうか。この部屋に、彼を一人置き去りにするだなんて、そんなこと出来る筈がない。
ハイデスさんの苦しみを、私は拭うことが出来るのだろうか?今私に出来ることは、あるのだろうか?
真っ直ぐに覗き込んだその瞳は、やはりどこか不安そうで苦しそうで、隠せない熱に怯えているかのようだった。
「苦しいんですか…?ハイデスさん。……それなら、私に出来ることがあれば、言って欲しいです。私にも、その苦しみ、分けて欲しいです。」
「、いけない……アンリ、それは…、っ!」
明らかに、狼狽えた様子のハイデスさんは、私の手によって引き寄せられた体勢を無理に変えるようなことはしなかった。
初めてだった。自分から口付けたのは。
ほんの少し背伸びをして、伸ばした腕でハイデスさんを引き寄せた。
触れるだけの口付けに、私は必死になっていた。