第5章 闇夜の調べ
ヨアヒムさんが戻ったのだろう。また気を使わせてしまったと思い、確かめる様に顔を上げる。
しかし、扉の方へ視線を向けるよりも先に、私の視界は遮られた。
驚くよりも早く、私を抱き締めたその腕は、すぐに私と視線を合わせようとした。
キスされるのかと思って、思わず目を閉じてしまうが、それはギリギリのところで鼻をかすめて額へとそっと触れた。そうして、目を合わせて、また強く抱きしめられる。
「……ヨアヒムさんは、良いんですか、?」
「あぁ、そんなことよりも……今は君の方が大切だ。」
真っ直ぐに私を見るハイデスさんは、辛そうな顔をしていた。気を遣わせてしまったかもしれない。
「すまない、君を不安にさせてしまったね……本当に、不甲斐なくて……ごめん。」
聞いているこっちが申し訳なくなる程に弱い声色に、思わずハイデスさんをぎゅっと抱き締めていた。
「……、アンリ?」
「、あんまり、無理しすぎないで下さいね。私の心配してくれるのは、ありがたいんですけど……でも、ハイデスさん、一人で抱え込んじゃうんじゃないかって私心配で。」
やっと会えたハイデスさんに、私はずっと何かを抱えていたかのような空気を感じていた。
私よりもずっと背が高くて、この距離では見上げないと目も合わないくらいなのに、何だか今日のハイデスさんはほんの少し小さく見えた。
そっと手を伸ばして、その頬を撫でる。私に出来ることは何かあるのだろうかと、その漆黒の瞳を見ては考えるのだが、きっとそれもこの人は受け取ってくれないのだろう。
「たまには、私にも背負わせて下さい。ハイデスさんだけなんて、ずるいですよ。」
「……困ったな。アンリ、君はどうしてそう、……」
その整った眉を落として、ハイデスさんが困ったように笑った。言いかけた言葉が気になったが、そんな疑問は、目の前の整った口から発せられるその言葉によって全て私の中からかき消された。
「アンリ、口付けがしたい、君に。」
「、え?」
思ってもみなかった、ハイデスさんから向けられた、そのあまりにも熱の籠った視線と、酷く私を求めるような言葉。急激に襲われる、羞恥と驚きと、胸の高鳴りに、私は思わずハイデスさんに触れていた手を引きそうになった。しかし、それはすぐにハイデスさん自身に遮られてしまう。