第5章 闇夜の調べ
アリアスの言葉に反応したのは肝心のジェーンではなくハイデスであったが、ヨアヒムの治療の手を振り払う勢いに押さえつけられてはまたぐらりと体勢を崩す。
「くそ、誰か今すぐ、アイツを……ルシスを捕まえろ…、ッ!…ぉえっ、!」
「ほらほら、そうやって叫ぶから……そもそも、こんなになるまで何で魔法重ねたんすか……ちょっと今中和させるんで待っててくださいね~、出せるもんは出しちまってくだせぇ。カール、桶か何か持ってこい、おいカール?……アイツどこ行きやがった。」
今にも吐き戻しそうなハイデスに頭を抱えながらヨアヒムがカールを探すが、反応がない。そういえばさっきから気配を感じないなと思っていればエルメスが視界の端で棒立ちになっているカールを見つけては呆れたように溜息を吐く。
「部屋の角で白くなってんな。いつからあれやってんだ?あの馬鹿……おい、アリアス、変わりに行ってこい。」
エルメスが振り向いたそこにいたのは何やら嬉しそうに笑うジェーンだった。
「あぁああ、モルゲンシュテルン導師……わたくしは、わたくしめは貴方様のあのような瞳、声色…初めて拝見いたしました……」
「まて、ジェーン、今はタイミングが悪い。やはりもう少し飛んでてくれ。」
ガツン、と鈍い音がしたと同時にジェーンがソファに落ちた。
「おい、アリアス…仮にも女だぞ……」
「いえ、このような場合にのみ、本人から了承済みであります。」
「なるほど、ならいいか。」
一瞬考える素振りを見せたが、それ以上深く追求することを止めたエルメスが落ちたジェーンから視線を外した瞬間、困ったようにヨアヒムが声を上げる。
「あ~、駄目だ、こっちも飛ばした方がいいな。アリアス、桶じゃなくて水とタオルだ。隊長、悪いが失礼しやすぜ。」
ガン、と続いて響いたその音に、エルメスはついに頭を抱えてこの目の前の珍事から目を逸らした。
「おいおいおい、有象無象もいいところだな……俺、一人でこいつらまとめる自信ねぇぞ~、ハイデス。」
ヨアヒムに意識を飛ばされたハイデスの耳にはエルメスの嘆きに近い声は届かなかった。