第5章 闇夜の調べ
「……ハイデスは、それすら気に食わないと吠えるでしょうが、構いません。私が好きでやるのですから。」
抱き上げたままの私を大きなマントの中にすっぽりと包むと、ルシスさんは何だか可笑しそうに笑って見せた。
「アンリ……貴女には本当に、敵いませんね。」
「私、何かしました?、」
「ええ、十二分に。」
冷たい風が遮られて、ルシスさんの体温すら伝わってきそうなその場所で、急にドキドキと高鳴る胸に困惑しながらその真意が知りたくて目の前のその人をじっと見る。でも、辺りはもう真っ暗で、部屋の明かりもルシスさんのマントの中で包まれてしまっている私には届いてはくれない。だから、今ルシスさんがどんな表情なのかだなんて全く分からなくて。寧ろ、その距離感ですら何だか分からないと、そう思った瞬間に、私の唇に触れるものがあった。
それは柔らかくて、同時に私の頬を撫でる髪が、今自分が口付けられているのだということを知らせてくれて。でもそれは、私を更なる困惑へと落とし入れるだけであったのだが。
「…なっ、ルシスさん、なんで?」
「フフフ、私がしたかったもので、つい。」
突然の口付けに、私はそんなことしか言えなくて。だって、そんなに変なことを言ったつもりもなかったからだ。
「ついって、そんな……急に、」
「ならば、今度から断りを入れましょうか。アンリ、貴女に口付けても?」
「っ、……!」
さっきの今で、そんな展開に再びなるだなんて、流石に心の準備が出来ていない私は、相も変わらず楽しそうに笑って見せるルシスさんに真っ赤になって口を噤むことしか出来なかった。
「フフフ、無言は肯定と捉えますね。」
いいとも、悪いとも言えなくなってしまった私の頬にルシスさんの手が触れて、ひんやりとした体温を感じると同時に、それは再び重なり合った。
それは小さく私の唇を啄んで、そしてゆっくりと深くなっていく。
私の唇をペロリと舐めて離れたそれは、酷い熱を帯びていた。
「……これ以上は、身体を冷やしてしまいますね。部屋まで送ります。」