第5章 闇夜の調べ
困惑のあまりオロオロする私に、ルシスさんは変わらずどこか呆れたような顔をする。しかし、その瞳に冷たさはなく、寧ろ、柔らかな暖かみすら感じられるものであった。
「……本当に、お馬鹿な子ですよ、貴女は。お馬鹿過ぎて一瞬足りとも目を離すことも出来やしない。」
けれども、その真意が分からない私は、もはや何か気に障ることを言ってしまったのかと不安そうな顔を向ける事しか出来やしない。ましてや、今の私はルシスさんにしっかりと横抱きに抱き上げられている状況で、言葉と表情で自分の気持ちを伝えるしか術がないのである。しかし、そんな私に当の本人は今度こそふわりと優しく笑って、そうしてすぐに真剣な表情になり、私を真っすぐに見詰めた。
「貴女の記憶が無いのは紛れもない私の責任です。私の犯した罪であります。」
吸い込まれそうな程に黒い瞳が、今真っすぐに私を見ていた。それは城下に落ちた深い湖よりも、天空に広がるこの寒空よりも、ずっとずっと深い闇だった。
「ならば、償いましょう。この身を持って。」
ルシスさんの瞳が、急に近くなる。
この、冷たい風に流されてしまいそうな、そんな囁くような声であったのに、それはハッキリと私の耳に届いた。
ここ数日、不安で不安で、今にも乾いてしまいそうであった私の心に、小さな小さな雫がひとつ、落ちてきたような、そんな感覚を覚えた。
それが、ルシスさんの言う言葉が、どういうことなのか上手く理解出来ていない私には、戸惑いの表情を返すことしか出来なかった。
何よりも、今私の視界を遮る目の前のあまりにも美しいその人が、私を捕えて離さないから。
そうして私の額に落ちた唇は、この夜風に熱を奪われた私のそこよりも、ほんの少しだけ暖かくて、柔らかだった。ルシスさんの長い髪がさらりと落ちて来て、窓から漏れる部屋の明かりすら遮ろうとする。
私は、やっぱりルシスさんの言う言葉の意味を深く考える余裕すら無くて、とにかく、ルシスさんを怒らせただとか、不快にさせたわけではないのだということにほっとするばかりだ。