第5章 闇夜の調べ
「ルシスさんが、私に直接伝えてくれたことが、今は嬉しく思います。」
「……はい?それは、何故?」
自分でも、何だか可笑しなことを言っている様な気がしてはいた。案の定、素直に嬉しいと、そう言った私にルシスさんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「だって、きっと悪いことをしようとして、やったことなら……絶対、言わないだろうなって。でも、こうやって教えてくれるってことは、大事な訳があって、仕方なく、そうなっちゃったんだろうなって。」
「だとしても、犯した事実は変わりませんよ?貴女の記憶も戻りません。」
「そうですけど……だったら尚更、怒っても、悲しんでも、何も変わらないじゃないですか。……それでも、今と変わらない日々が続くのなら…記憶が戻らないのは残念ですけど……そんなことより、私、ルシスさんとの関係が悪くなる方が、嫌だなって、思っちゃって…。」
きっとこれは私の本心だ。戻らない過去よりも、今ある未来を大切にしたいのだと、そう思える。
自分で言っておきながら、何だか少しだけ可笑しくなってしまう。気が付けばどこか難しそうな表情で私を見るルシスさんを見上げながら、私は笑ってすらいた。
大切だったかすら分からない過去に嘆くなら、私は今目の前にあるこの世界で笑っていたい。決して大きな強い意志があるわけでもないのに、ハッキリとそう思えたのだった。
「……、馬鹿な子ですね、貴女は。」
「え?馬鹿、ですか……私。」
何だか勝手に一人でスッキリしている私に、尚の事驚いたような、どこか呆れたような顔でルシスさんは言った。
確かに、馬鹿かもしれないが、今このタイミングで言われるなんて流石に思っていなかった。
「ええ、馬鹿ですよ。希に見る大馬鹿者です。」
思わず眉を落とし聞き返してしまった私に、ルシスさんはしっかりと向き合うと、そのままひょいと私の身体を抱き上げてしまった。
突然近くなる距離に、思わず驚きの声を上げてしまう。しかし、ルシスさんはそんな私の様子などお構いなしに、抱き上げた私にずいと顔を近づけると、その漆黒の瞳一杯に私を映して見せた。
「弱くて、何も出来なくて……自分の身すら守れないのに、そうやって簡単に人を信じると言い、その懐に入れてしまう。騙されて、手荒く食い散らかされてしまったらどうするのです?」