第5章 闇夜の調べ
私の言葉に意外そうな顔をするルシスさんがじっと私を見詰めた。
「はい…。きっと、何か理由があったのかなって……そう、思ったので。」
「まぁ、確かに仰る通りですね。意味もなく貴女の記憶を消し去った訳ではありません。……悪く言うと、その記憶はとても都合が悪い作用があったこと、そして、それは既に貴女の身体自体に影響を及ぼしていたこと。あとは、記憶と共に封じ込みたいものがあったこと。この辺りでしょうか。」
何故、ルシスさんが私の記憶を消すことになってしまったのか、その理由については教えてはくれないかもしれないと思った。けれど、思ってた以上にあっさりと語られるその理由に、私は呆気に取られてしまった。
気になる部分はあるが、ルシスさんの言い方からして、その行為に対して悪意があるようには感じられなかった。
「なる、ほど……えっと、それは…もしかして、セラフィムに関係することですか?」
「ええ、その通りです。貴女は、貴女が思っている以上に奴との時を過ごしていました。貴女の身体が塗り変わる程にね。流石の私も中々に手を焼きました。故に、それ以前の貴女の記憶も全て消さなければならなくなってしまったことは、大変申し訳なく思っております。」
「……そうだったんですね。あの、思い出せたりは、しますか?」
「どうでしょうね。後々、思い出させることは想定していませんでしたから。無理だと思って頂いた方が良いかと。」
確かに、もしも思い出せるという選択肢が残っているのだとしたら、私は思い出したいというのだろう。しかし、今こうしてルシスさんから直接、無理だろうという言葉を受け取っても、強いショックを受けるというわけでもなかった。そうか、残念だが仕方がないと、そういう感情以上のものは今の私には不思議と湧いてはこなかった。
「……そっかぁ…。」
「……ショックですか?」
「まぁ、確かに……何とも思わない、と言えば嘘になります。でも、何て言えばいいのかな……。」
私は不思議と、今とても落ち着いてルシスさんの話を聞いていた。残念だという気持ちもそこまで大きくはない。それ以上に私は、今こうしてルシスさんが私に向き合ってくれているという事の方が、何だかとても大切なことのように感じてきた。