第5章 闇夜の調べ
突然の浮遊感に、ルシスさんが転移魔法を使ったのだと理解はしたのだが、まだあまり慣れていないその感覚に私は強く目を瞑ってしまう。
そうして、再び目を開けた瞬間には先程と違った景色が目の前に広がっていた。
少し華やかな客間、大きな窓の外に広がるのは真っ暗な海のような空で、ここがとても高い場所にあるのだということを教えてくれる。見覚えのあるその景色に、私は一度連れて来てもらったことがある場所だと分かった。
ルシスさんのお城にお邪魔した初日、お城探索をしたいという私の我儘に付き合ってくれた、その最後に案内してくれた場所。甘いホットチョコレートをもらったあの部屋だ。
私をそっと床に下ろすと、ルシスさんはそのまま目の前の窓を開けた。
びゅうと冷たく澄んだ空気が、部屋の中に流れ込み、それと同時にルシスさんの長く伸ばされた艶やかな髪がふわりと流れる。同じように、私の肌を冷たい夜の風が撫でた。
ああ、やっぱりこの人は本当は私なんかには到底手の届かない筈のところにいるのだろう。だから、きっと今この瞬間は奇跡のような時間なのだろうな、なんてことを何故かぼんやりと感じていた。
「……少し風が強いですので、お気をつけください。」
振り返って、私にそっと手を差し出したルシスさんはとても優しい顔をしていたと思う。
少し遠慮がちにその手を取れば、冷たい外の空気に包まれた。吐き出す息も、白くふわりと風に流される程に。
「あ、あの……ハイデスさんたち、置いてきちゃっていいんですか?なんだか怒ってたから……」
「構いませんよ。それに、私は今、貴女と二人で話がしたかったのです。」
あの部屋に残してきてしまった、ハイデスさんや隊の皆さんのことが少し気になった。でも、そんなことはやはりルシスさんは気にも止めていないらしい。