第5章 闇夜の調べ
「ほら、アンリ嬢もこう言っているではありませんか。ハイデス、あの件からお前の身体は以前と違うという事を、よくよく理解しなければなりませんよ。何よりも彼女の…」
「ルシス!その話はするなと言っているだろう!!」
ルシスさんは私の言葉に同調するように言葉を続けたが、更に何かを言おうとした瞬間、先程以上の剣幕でハイデスさんはルシスさんの言葉を遮った。
「言うな言うなと言いますがね、ハイデス。お前自身がいつまでもその調子では、逆に不安を与えるだけだと何故分からない?教えたくないのだというのであれば、お前一人でどうにか出来る状態にまで持っていきなさい。」
窘めるようなルシスさんの言葉に、ハイデスさんはバツが悪そうに顔を逸らしては、そのまま私の方へ向き直った。真っすぐな、黒く透き通った瞳に見詰められて、何だか緊張した。でも、そんな瞳の奥にどこか不安定なものを感じてしまっては、本当に大丈夫なのかと心配でたまらなくなる。私には、知って欲しくないのであろう、ルシスさんとの会話の内容も、ハイデスさんの体調が悪い理由も、本当は知りたくて堪らない。でも、ハイデスさんは、このまま教えてはくれないのだろうか。
「とにかく、早く帰ろう。大丈夫だよ、私がいるから。屋敷に戻ればジェイドもいる。だから、安心していい。」
私の肩に添えられた、ハイデスさんの大きな手が、何だか私がいつも見ているハイデスさんのそれじゃないみたいで。真っすぐに私を見て、大丈夫だと、そういうその瞳と、酷く矛盾しているかのように感じてしまうのだ。そんな、いつもよりも何だか少しだけ頼りない大きな手の温もりにそっと触れようとした。
しかし、私が触れるよりも前に、その手は私を掴んでは部屋の出口へと向かおうと立ち上がった。
周りの静止の声も聞こえない様子のハイデスさんに、思わず引き留めようと手を引く。それだけではびくともしないハイデスさんの力に、思わず私も声を上げていた。このままこの場所を出てしまうのは、何だか違う気がしたのだ。