第5章 闇夜の調べ
「これが落ち着いていられると言うのか!?」
流石に現状の説明よりも目の前の男を落ち着かせるのが先だろうと判断したルシスであったが、一切の躊躇いもなく、そのまま押し倒す程の勢いでハイデスはルシスのその胸ぐらを掴み掛かっていた。
息を切らし、一足遅れてきたエルメス、アリアスがその光景に慌てて止めに掛かるが、初めて目にする程に取り乱す己の上官の姿に波及されるように声を上げた。
「おいおいおい、何してんだよハイデス!」
「た、隊長誤解です!モルゲン導師は、先回りして今回の事を…」
「なに?今回のことを知っていただと?!まさか、貴様が寄越した軍ではあるまいな?!」
「な、隊長!何言ってるんですか、そんな筈ないじゃないですか!」
誤解を解こうとした言葉に、尚も声を荒げさせるハイデスに焦るアリアスが割って入ろうとするがその剣幕に敵わない。
「そうですよ、まったく……相変わらずお前は人の話を聞きませんねぇ。これでもかなり手は回したのですよ?寧ろ感謝して頂きたいくらいだと言うのに。」
はぁ、と呆れたようにルシスがいうと同時に、エルメスに力尽くで引き剥がされたハイデスがようやくルシスを掴むその手を離した。ぐしゃりと皺のついた胸元を、あからさまに不快そうに整えたルシスがハイデスに噛んで含める様に言った。
「時間がありませんので端的に説明いたします。陛下に、彼女の存在をカン付かれました。ですが、彼女は現在私の屋敷へ先に保護しております。それと同時に、代わりにうちの従者を影武者として置いておりますので今回は凌げるでしょう。屋敷内へは私の結界を残して来ましたので、第一騎士団ごときに破られていることはない筈です。とはいえ、今はジェイドが対応中でしょうから、早く行っておやりなさい。」
アンリの無事を聞いて、やっと落ち着きを取り戻したハイデスだが、その瞳は尚もルシスを刺し殺さんという程に鋭く睨み付けていた。
「……まだ、私は貴様を信用して等いない。」
「ええ、それは懸命な判断です。」
「クソ、どこまでも人を虚仮にするのか。」
全く予想もしていなかった二人の空気に、動揺を隠しきれない隊員達だったが、彼らが目を合わせるよりも早くハイデスが馬に飛び乗ったので、彼らは事の状況を把握することなく再びその背中を追ったのだった。