第5章 闇夜の調べ
アリアスが焦ったように弁明を図ろうとするが、そんなもの知ったことかと背を向けて走り出す。
背後に追いついたエルメスが、ざわざわと不穏に騒ぐ空を見上げて呟く。
「おい、この風……」
「あぁ、人工的に作られた天候だ。」
「ハハ、用意周到ってわけだ。」
薄ら寒い雨がぽつりぽつりと淀んだ空から降り始める中、ハイデスを先頭に黒魔術師の小隊がその月陰に隠れるように城を出た。
王が今回のハイデスの報告に、その体に重ねられた歪な制御魔法にも然程大きな反応を示さなかったのは、きっと全てこの事があったからだ。何を隠そうにも、今回の事で全てが解ると、そう判断し見過ごしたのだろう。あの狸めと自らの爪の甘さを他所に奥歯をギリリと噛み締めた。
謁見までに妙に待たされたのも、終わってからあれ程までに足止めを食らったのも、ハイデスを屋敷へと向かわせない為だ。
何かが可笑しいと思っていたのに、何故気が付けなかったのだとハイデス噛み締めた口に嫌な味が混ざるのを感じた。
途中、軍のみに使用を許された転移陣を潜り屋敷までの道を急ぐ。
焦った気がハイデスの心臓を煩く騒ぎ立て、この道のりがどこまでも続いて、永遠に彼女の元へ辿り着けないような気にさせられる。
どうか、どうか間に合ってくれと、後ろにつく隊を引き離していることに気にもとめずに、とにかく早くと馬を走らせていた。
漸く屋敷の影が見えて来たかという時、前方中央に何やら一つの人影があった。
手を挙げ、後方へ停止の合図を送ると同時に、この勢いの騎馬隊が近付いているというのに一切動じることなく、寧ろ迎えるかのように立つその人物に、ハイデスは咄嗟に目の色を変えて馬から飛び降りた。
「随分と遅かったですね。第一騎士団はもう屋敷に着いてしまっておりますよ。」
一体どこで道草を食っていたのだと言いたげなルシスが、雨に打たれてそこにいた。いや、実際にはルシス本人は濡れてなどいないのだが。
「ルシス、どういうことだ?!」
「これ、待ちなさい、落ち着きなさい、ハイデス。」
完全に頭に血の上っているハイデスが今にも噛付くかの勢いでルシスに迫った。