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私を愛したモノなど

第5章 闇夜の調べ



なんと、さっきのご婦人との甘ったるい会話の欠片も感じさせない様子で話しかけてきたのはエルメスさんだった。
エルメスさんに対して、悪い奴ではないが本当にどうしようもない奴だからと繰り返し口にしていたハイデスさんの言葉を咄嗟に思い出す。その時は、何のことなのか全く分からなかったが、こういうことなのかと先ほど見てしまったものを思い浮かべては思わず口元を抑えてしまう。ハイデスさんも押しが強い方なんだと思っていたし、ルシスさんもかなり巧みな話術で私は振り回されてしまうのだが、これはまた別次元の人間だ。一体いくつの顔を持っているんだと、やはり爽やかな甘い笑顔を浮かべるエルメスさんに一種の恐怖感を覚えつつすぐに持ち直して無理やり口角を持ち上げる。上手く笑えていると信じたい。

「えっと、お久しぶりです……体調の方はもう、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。」

「そうか?それなら良かった。てか……悪い、さっきの見てたよな。まぁなんだ、気にしないでくれ。にしても珍しいな、誰を連れてこんなところ……、ん?」

流石に見られていたことに気が付いていたらしいエルメスさんだったが、こっちが思っているほど気にしていないようで、悪戯に笑うそのあざとさの残る表情に、本物だと感心する。まぁ、そのくらいの方がこちらも気まずく無くていいのだが。
そう笑いながらもルシスさんに視線を移したエルメスさんが、急に眉間に皺を寄せた。するとエルメスさんの視線に気が付いたルシスさんは、やっと吐き出せるとでもいった風に大きな溜息をひとつ地面にこぼした。すぐにそのいつもと違った姿で別人のように笑って見せると、胸に手を当てて何とも綺麗な礼をして見せた。

「……お初にお目にかかります、メンゲルベルク卿。」

「……、ちょっと待ってくれ、いや、待ってください。えっと、その……」

ルシスさんは姿は別人とはいえ、声はそのままだ。あからさまに狼狽えるエルメスさんに品のいい優しい笑顔を浮かべていたルシスさんが、目を細めて怪しく笑って見せた。その表情は確かにいつものルシスさんで、更に頭を抱えるエルメスさんが少し面白い。
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