第5章 闇夜の調べ
「さぁ、アンリ嬢、御手を…。」
何のことだとルシスさんを見詰めれば、こういった場所では女性を隣に歩かせる場合、男性が手を引くのが習わしなのだと言ってあまりにもスムーズに腕を組まれる。そのまま噴水の脇を抜け、植物で出来たアーチをくぐり城の中の庭園へと入っていった。
そこはある程度の貴族であれば好きに出入り可能な場所らしく、ところどころ人が集まっていたり、ベンチやガセボ等で穏やかな昼下がりを満喫していた。歩いていると、大道芸のような人が見世物を行っていたり、歌を歌っている人もいる。
「イベントですか?お祭りみたいですね。」
「あぁ、彼らはパトロンを探しに来ているのでしょうね。こういった場所で気に入られてサロンや茶会で使ってもらえるように、あのように城が場所を提供しているのですよ。」
「へぇ、お城って何だか堅苦しいイメージでしたけど、結構寛容なんですね。」
「まぁ、貴族の人生は長いですからね。くわえて魔力が強いほど体も丈夫なので、要は暇なんですよ。城内で働いている人間ほどそのことを痛感しているので、こういった場所は割と重宝されています。でないと人間は悪い方に欲を発散しますから。」
気に入った歌人や踊り子のパトロンになって集まりに呼ぶとか、どんな貴族だと思ったが確かにここにいる彼らは皆一様にその貴族そのものであった。
すごいところに来てしまったかもと周りを見ていると、確かに城で働いているらしき服装の人たちも多くこの場所を利用しているようで、沢山の男女が楽し気に腕を組み歩いている。
そんな中を時折綺麗な花々に目を奪われながら歩いていれば、ふとルシスさんが足を止めたのが気になった。その視線の先には何やら衛兵と揉めているご婦人がいた。
「ねぇ、今日は第一騎士団のヘンリー様がここの警備のご担当でなくって??どうしてシュバルツの方がいらっしゃるの?」
「本日、第一騎士団は急な要請により、変わって私共黒魔術師団がこの場の警備を務めさせて頂いております。どうかご了承くださいませ、マダム。」
「嫌だわ、見た目だけじゃなく、頭まで固いのね。こんな場所でマダムだなんて呼ばないで頂戴。ああ、ヘンリー様……どこにいらっしゃるの。わたくしはこの手紙をお届けになりたいと、今日という日を心待ちにしていたというのに。」