第5章 闇夜の調べ
ルシスさんは今、私がどんな顔をして、どれほどまでにこの心臓を騒がせているのか、まさに字の如く手に取るように分かってしまっているのだろう。
これは心臓が持たないと、作業の邪魔だとか何だとか言う事すら忘れて思わず距離を取りそうになった。しかし、カチコチに固まっていた体を急に動かそうとしたものだから、急には上手くバランスを取れないこの体はぐらりとよろめいた。
「っあ…、」
「…おっと、」
よろけたタイミングで、その視線から逃れることは出来たのだが、体勢を崩した割にあまり変わらない姿勢と腰に回された腕、そしてふわりと香る男性的な香りに私は今この状況を理解した。
「大丈夫ですか?辛かったらそのまま体を預けてくださって構いませんから……もう少しだけ、我慢してくださいね。」
耳元で優しく囁かれる声に、思わず声が出そうになるのを必死にこらえた。
でもその時、ルシスさんが触れている丁度胸元が少し熱くなってくるような、苦しくなってくるようなそんな感覚がしてじりじりと強くなるその感覚に何だか怖くなって不安そうな目をルシスさんに向けてしまった。
すると、すぐにその事に気が付いたルシスさんが、そっと私の額に口付けた。まるで、大丈夫だと、宥めるかのようにされたその行為が更にぎゅっと胸を締め付けるかのような錯覚を覚えた時、ゆっくりとその身体が離れた。
「お疲れ様でした。終わりましたよ……少し休んでください。」
何事も無かったかのように、爽やかささえ感じられる笑みを浮かべたルシスさんが、まるで子供をあやすかのように私の頭をそっと撫でた。
「では、私は次の準備をして参ります。少々時間が掛かりますので、眠る準備をしてしまっていて大丈夫です。お風呂は少し離れた場所に御座いますので、メイドを呼んで、必要なものがあればお申し付けください。」
「あ、ありがとうございます……。」
にこやかに部屋から出ていったルシスさんを見送った後、未だにふわふわした状態の私は、火照った頬を両手で抑えていた。
なんと言うか、ルシスさんは何を考えているのか、いまいち掴めない分、私一人で勝手に恥ずかしがっているような感覚で尚更羞恥心を煽られる。
意識しないようにしなければ、それこそ笑われてしまうと気を取り直した。呼び鈴でメイドさんを呼び、お風呂の支度をして寝れる準備を済ませてしまおう。