第5章 闇夜の調べ
「わ、美味しい……。」
「気に入って頂けて良かった。それだけでは濃いですから、口直しにウィットランドから仕入れた紅茶もありますよ。」
そう言って出してくれた紅茶は、香り自体は比較的シンプルで、ホットチョコレートの香りを邪魔しない上品なものだった。
えぐみや苦みが少なくて、とても飲みやすい。ジェイドさんも紅茶を入れるのが上手いけれど、さすが、ルシスさんのお家の執事さんが淹れてくれたこの紅茶もとても美味しい。
そういえば、執事さんの名前を聞いていなかったな。
確認すると一人後ろの方でひっそりと控えている。
「あの、……執事さんのお名前、何て言うんですか?」
「……、いえ、わたくしは、お客様へ名乗る程のものを持ち合わせておりませんので、どうかバトラー、と。」
お邪魔している間、名前を聞いておいた方が何かと良いだろう。そう思って、そこまで気にせず聞いたのだが、こっちが申し訳なくなる程にへりくだった答えだった。
そっか、いつもジェイドさんとハイデスさんのやり取りを見ていたから、あの感覚が当たり前になってしまっていたけれど、本来主と執事はそのくらいなのかもしれない。
なんだかちょっと恥ずかしくなるような、しょんぼりした気持ちで下を向いた。
「……アンリ嬢が態々聞いて下さっているのですから、教えて差し上げなさい。」
「失礼致しました。わたくしは……ヴァルターと、申します。」
きっと私の気を遣って言ってくれたルシスさんの言葉に、やっと教えてくれたけれど、何か尚更畏まられてしまったような。
「ヴァルターさん、ですね。無理言っちゃってすみません……教えてくれて、ありがとう御座います。」
「いえ、わたくしなどに御気遣いは不要で御座います。敬称も、どうか……。」
恭しく、頭を下げたままそう言うヴァルターさんに、何だか悪いような気になってしまった。
難しいな、と思っていたら、ふと視界に入ったルシスさんが笑っていることに気が付いた。