第5章 闇夜の調べ
さらっと湖作ったとか言ってるけど、そんな簡単に作れる物なのかな、湖って。でも確かに、こんな高い場所に、この水量の湖があるのがなんとなく違和感を覚えていたが、人工的に作られたもの……ましてや、ルシスさんの魔法によるものなのだと思えば納得出来る。
でも、なるほど。だからこんなに大きなお城に住んでるんだ。何だか御伽噺みたいだなぁ、なんて思っていたら、不意に目の前にルシスさんが居て、ふわりと視界が動いた。
「わ、!な、なんですか?」
「いえ、貴女と視線を合わせたいと思いましてね。」
後ろのバルコニーの縁に座らされたらしい。ルシスさんの言葉の通り、見上げなければ合うことの無かった視線が自然と交わるこの距離で、愉しげに笑うルシスさんを見た。要するに、急に距離が近くなった。それこそ、どちらかが手を伸ばせばその頬に触れられる程に。
突然のことに緊張して、無意識に後ろに下がろうとしてしまう。
「おや、あまり後ろに下がっては、落ちてしまいますよ?」
「へ?…、わぁ!!」
その言葉に、ふと後ろを見るとそこは断崖絶壁で、ビュウビュウと冷たい風が吹く岩肌の下に底の見えない水面が私を誘っていた。私は急に背筋が凍るような、そんな恐怖に思わず目の前のそれにしがみついた。
「おや、嬉しいことをしてくださいますね。」
「え、あ…、!!、ご、ごめんなさいっ…!、」
確認する必要すら無いが、咄嗟の事とはいえルシスさんに抱き付いてしまうだなんて!
急いで離れようとしても、腰に腕を回されて離れてくれないルシスさんに、青くなったり赤くなったりして慌てるだけの私。そんな私を相変わらず愉しそうにこの人は見るのだ。
「アンリ、貴女から抱きしめてくれたというのに、もう離れてしまうのですか?寂しいではありませんか……ここには、邪魔をする者など誰一人いないと言うのに。」
「え、やっ……そ、そんなつもりは…。」
「フフ、分かっていますよ。ただ、貴女を見ているとどうにも、意地の悪い事をしてみたくなるのです。そうして戸惑う貴女もまた可愛らしい。」
ちゅ、と額に口付けをされた。
この、ルシスさんからのむずむずするような、そんな意地悪は決して嫌いではないのだが、どうにも恥ずかしくて堪らない。