第2章 1 箱庭
「ごめんね、ビックリさせちゃったかな?フフ、だって嬉しくて……早く君と話したくて仕方がなかったんだ。」
そう言うと彼は私のすぐ隣まで来ると怖いくらい無駄のない動きで私は彼の腕の中に収められる。
本当に、驚くと冷静になるというか、頭の中はパニック状態なのに体は全くその様子を見せないまま、とにかく動けない。
でも、強くて、確りと支えるような抱き締め方とその腕の温もりが淡い記憶の中のそれと一緒だった。
心臓は相変わらず五月蝿く喚いて、あの時とは違ってもう手も脚も動かせるのにやっぱり私は彼の腕の中で動けないでいた。
「……ねぇ、僕のこと、覚えてくれてる?」
「っ、……」
忘れる筈がない。
だって、あんなにも誰かに身を任せたのは初めてだったから。
必死に頷いて、覚えていると伝えようとして、するとすぐ耳元で彼の笑い声がした。
「フフフ、そうだよね……じゃなきゃ、会いたいだなんて言ってくれないよね。」
愉しげに笑っては額に口付けられて、ゆっくりと体が離される。
「……あ、あのっ、」
向かい合って目を合わせると、本当にこんな人が存在するんだ……って見とれそうになるけど、必死に頭をフル回転させて言葉を探す。
「ん?なぁに?」
「、助けて下さって、有難う御座いました……その、その後の事とかも……」
「どういたしまして。でも僕は当たり前の事をしたまでだよ。寧ろ、すぐに助けてあげられなくてごめんね?」
「いえっ、そんな……助けてもらったのに、そんな事。」
お礼を言ったのに謝られてしまうだなんて、こっちが申し訳無くて堪らなくなる。
慌てて彼を見るとちょっと眉を落として、でも笑っていた。
「ありがとう。優しいんだね……ねぇ、キミの名前を僕に教えて貰っても差し支えないかな?」
彼からの言葉にハッとして気が付く。
そうだ、私何も聞いてない。
彼の事も、ここがどこなのかも、この世界の事も全て……
「あ、私…東條杏莉です。」
「ん、難しい名前だね?ファーストネームがアンリでいいのかな?」
「そうです、……あのっ、貴方の名前も、教えて頂けますか?」
アンリ、アンリと私の名前を小さく繰り返す彼に何だかドキドキしながらも聞きたかった言葉をやっとの思いで口にする。
「僕?僕の名前はね、セラフィムだよ、アンリ。」