第4章 3 夢か現か幻か
まるで子供の戯言を聞き流すかのような表情の、整った顔にさらりとその黒髪が流れると同時に、やっと私の方を見た。
黒く、どこまでも黒いその瞳は、私が持つそれと変わらぬ色の筈なのに、どこまでも飲み込もうとする恐ろしさをその目の前の相手に覚えさせる。
「何故、私自身疑問に思わなかったのか。それはここ数十年、お前の動きがかつて無い程に行動的であったからだ。本来何にも興味を示さぬ男が、これ程までに介入するというのは可笑しな話なのだ。おい、ルシス……何とか言え!」
私の怒気に、整った唇が、小さく弧を描いた。
「ひとつ、間違っている部分があります。……彼女がお前のもとへ来ることは必然でした。ですから、全ては予定通り進んでいます。安心なさい。」
静かに語られた言葉が意味するそれに、全身の血が沸騰するのではないかという程の怒りを覚えた。
「ッ貴様、やはり全て分かっていたんだな?!」
「ええ。彼女の記憶を消し、お前の元へ送ったのは紛れもなく私ですので。」
「なっ……何故、何のために!!」
「それはお前には教えられない。」
私は、この体がまともではない事など忘れ、目の前の男を咎めようと立ち上がり、わなわなと震える唇を止めようともしないままに、激しく強く、睨み付けていた。
しかし、どうしたのだとでも言うように、静かに私を見上げて見せた男は口を開く。
「こちらの準備が整うまで、暫くの間彼女を隠せる場所が必要でした。まぁ、上手く出来た方だと思いますよ。アレの介入があるのは想定内でした。限られた空間での精神体のみの侵入で食い止められたのは誉めて差し上げます。万が一、本体での侵入を許していたら彼女は完全にアレに呑まれていましたから。まぁ、厄介な術を掛けられたのは予想外でしたが…。」
私の意見等、初めから聞いてなどいなかったのだというかのように、この男はいつもの淡々とした調子で続ける。
「それに、もうこれ以上食い止めるのは難しい筈だ。幸いにも彼女の心を壊してまで連れ帰る気は無いようだが、この場所がバレたことでこれ以上出来ることはない。恐らく、今もじわじわと精神汚染は進んでいる……アレの事を彼女が話すのでしょう?それが証拠です。彼女の心がこれ以上アレに傾かせない為にも、安全な場所へ移す必要がある。」