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私を愛したモノなど

第4章 3 夢か現か幻か


そうして彼女のいる部屋へと戻った先で、聞いた言葉に私はもう自分がどうしようもならない所まで来てしまっているのだという事に気付かされた。

彼女の口から語られる、私でない者との記憶、名前、それら全てに耳を塞ぎたくなった。
知る筈もない、いっそ今ここで、その化け物との記憶を再び消し去ってしまいたいとすら思っているというのに。
私の鼓膜を刺激する彼女の声が、欲しくて堪らなくなる。それをどうか私に向けてくれと、思わずにはいられない。

一瞬、ルシスに渡されていた薬瓶が視界に入って、すぐにそれから目を逸らした。彼女と目が合った気もしたが、意識してその瞳を見るような余裕は今の私にはない。
それ以上彼女からの視線を感じるような事も無かったが、続く彼女の言葉に、また何か擦れ違う視線の先が、このまま交わることが無いかのような気にさせられる。

「っあ、…ご、ごめんなさい、あの、ハイデスさんを疑ってるとかじゃなくて、その……。」

「……いや、良いんだ。仕方ない。でも、何か分かるものがあるかもしれない、調べてみるよ。」

己の過去を知りたいという感情は、至極当然の事だ。誰が彼女のその気持ちを押さえ付けられようか。
部屋を出て、もう手慣れた動作でこの部屋の結界を張る。恐ろしいことに、増えた己の魔力量に比例してその精度が上がっていることに気が付いた。
未だ、完全には取り込まれたわけではないこのアンリの魔力はルシスによって埋め込まれた核の中から少しずつ、沁み出す様に私の中に取り込まれて行っている。
常に、彼女の魔力を私の中に感じる。それを意識するともう、私はいつまた正気を失ってしまうのかという恐ろしさに苛まれる。

だが、あまりにも心地よい。

ずっと、甘い甘い果実が私の中で、私を酔わせようとその蜜を舌先に運ぶのだ。

無意識に、今しがた閉じたばかりの、彼女が居るこの部屋の扉に目を向けていた。
下唇を噛んで、目を背けるとふらりとよろめきそうになる体を何とか歩かせた。

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