第4章 3 夢か現か幻か
そうして私は、閉じた目蓋の奥のその中で、白い世界に、ポツンと一人佇む彼女を見た。彼女は白く、どこまでも白く輝いた空間で私に笑いかける。
今すぐにその温もりをこの腕に抱きたくて、触れたくて。愛おしくて。
伸ばした己の腕を見ると、それはどこまでも黒く、よどんだ黒墨がぼたりぼたりと落ちていた。穢れたこの手が彼女に触れた途端、その黒いものが彼女を汚していった。私の手で、彼女が穢れていく。あの、私の愛おしくて堪らない笑顔を浮かべながら、穢れていくのだ。
何よりも大切にしたいその人を、己の手で壊していくその感覚に、目を背けたくなるが私はこの手を離せない。
彼女を汚すことしか出来ないこの手を、嬉しそうに受け止める彼女が眩しくて、愛おしくて、どうしようもなく、私自身がぐしゃりと歪んでいく音がする。そうして穢されていることに気が付きもしない彼女に触れることが、尚更私を苦しめた。
薄暗い夢の中で、私はいつまでも苦しみをこの腕に閉じ込めたままでいた。
目が覚めると、アンリが私を不安そうに見つめていて私はまだ夢を見ているのかと思った。私の頬を撫でるその確かな感覚が、これが決して夢などではないのだと私に知らせた。
手を握り、名を呼び掛け、返ってくる言葉に本当に大丈夫なのだと思うとどっと身体の力が抜けるような感覚がした。もしも、彼女を失ったらと思うと恐ろしかった。
すぐにルシスが彼女の確認に来て、問題ないと判断すると不意に背中を叩かれる。
大丈夫だと、そう言いたいのか。
こういう時に私を気に掛けるような男だったかと思ったが、今はただ彼女の無事を噛み締めていたかった。だが、こうして彼女の手に触れているだけだというのに、私はどうしようもなくこの感情が乱れていく。
すぐさま彼女の手を離し、次第に心臓がどくどくと音を立て始めるのを必死に誤魔化そうとする。
同時にルシスからの、圧を感じた。金縛りにあったかのように、身体が動かなくなる。間違っても、今彼女に触れてはいけないこの状況を護らせるべく私に掛けられた圧なのだと分かる。だが、ここまでしなければ制御出来ない己の身体に悍ましさすら感じる。
二人の会話が頭に入って来ない程のそれに奥歯を噛み締め、弱まっていた制御魔法を静かに己に掛けると、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。
同時に、ルシスから掛けられていた圧も消えた。