第4章 3 夢か現か幻か
そうしているうちに再び開かれた扉から入ってきたルシスが、顔色一つ変えずに近付いて来た事など気付ける筈もない。
「終わりましたか。ジェイド、そこを退きなさい。」
不意に肩を掴まれると、強引に机から剥がされそのまま無造作に床に放り投げられた。
先程割れた花瓶で濡れた床に俯せに倒れ混むと、その衝撃で酷く噎せ混んでは再び胃の中が逆転しそうになる。しかしそれらをどうこうする前に、この男は再び私を掴むと何とも乱暴に天井を仰がせた。
喉元に嫌な感覚が上下する中、目を開くとその視界の暗さと、腹に来た衝撃で一瞬何が起きたのか分からなかったが、ギラリと光った何かが私を捕らえた。ぞっとするその視線に見下ろされると、ルシスに馬乗りに跨がられる状態で、押さえ付けられている事に気が付く。
咄嗟の事に反射的に抵抗する私を余所に、この男は徐に私の胸元に鋭く尖らせた手を突き刺した。
否、突き刺したと言えども肉が切れるわけでも血が流れるわけでもない。高等魔術の一つであるがその衝撃は今の私には耐えられるものではない。声にならぬ呻き声しか出せぬまま、その手を掴んで引き抜こうとするが未だに流れる己の血のせいで、ずるりと滑ってはまさに無駄な抵抗に終わる。
憎らしいことに、その間もこの男は眉一つ動かしはしなかった。
しかし、実際はそこまで数を数える程もなくルシスはその手を引き抜いて私を解放した。
「ぐ、っあ"あ"ぁ…、っ……」
残ったのは胸を焼かれるような痛みだが、同時に身体を襲っていた荒れ狂う程の魔力の波がみるみるうちに治まっていくのが分かった。
ルシスはヒューヒューと喉を鳴らす私を静かに見下ろすと、はぁと一呼吸落とす。血に濡れた手をパッと振り払い、その身なりを整えてジェイドに向き合った。
「アンリの魔力を貯め込み制御させる為の核を埋め込みました。少しすれば安定するでしょう。後の事は、本人の気力次第です。」
「…、畏まりました……、ハイデス様…お手を…」
肩を支えられ、担がれるようにしてベッドまで運ばれる。
「一度眠らせますので、様子を見ていてください。その後、どの程度で日常を取り戻すかまでは分かりませんが、自我を失う程の事には成り得ません。」
事切れたかのように眠った私がその後のルシスとジェイドの会話を知ることは無かった。