第2章 1 箱庭
人の温もり、優しい声……どちらも暫く感じていなかったことのように思える。
辛い顔を親しい人間の前以外ですることは嫌いだった。
勿論、人前で泣くことなんて絶対に出来なかった。
恋人の前でさえも泣き顔を晒すことを極端に嫌った。
それは、他人に弱みを見せたくなかったから。
それは、人に嫌われたくなかったから。
それは、面倒な奴だと思われたく無かったから。
それは、強い私じゃない私を、他人に知られたくなかったから。
それは、それは……
眩しい。
そう思って、重たい瞼を開く。
どこだろう……ここ。
真っ白い天井は見慣れた筈なのに、違和感があるのは私が寝ているのが大きなふかふかのベッドで、家具もきちんと揃っている部屋だったから。
部屋のモノが全部真っ白で、唯一色があるのが窓から見える青い空だった。
きっと色が付いていたらそれは絢爛豪華なお屋敷のお部屋だったのだろうと思わせるくらい、全ての家具や壁、天井まで装飾が施されている。
これもきっと全部私もせいなんだろうなぁ、なんて思いながらベッドから上体だけを起こして部屋の中を見渡す。
なんで私ここにいるんだっけ……。
そこまで考えたところで、走馬灯のように私に起きた出来事が思い出される。
私……森で怪物に襲われて、それで……
思わずぎゅっと自分の体を抱きしめる。
思い出すのは恐ろしい廃物と甘く痺れる体の感覚、そして抱きしめられる腕の温もりと優しい声、空色の瞳……
何てこと、しちゃったんだろう。
助けてくれた彼に私はどこまで求めてしまったのだろうか……意識を失うまでの記憶が曖昧で、まるで夢の中で理想の男性と肌を重ねたかのような甘い記憶しか残っていない。
どうしよう……今彼はここにはいないけれど、どこにいるのだろうか。
もしかして、もう会えないのかもしれない。
だとしたら、お礼も伝えられないのか。怪物から助けてもらって、毒に侵された体を治してくれた人なのに。
でも、恥ずかしい思い出を忘れられるなら……。
そこまで考えて、ぎゅっと胸が痛む。
もう一度、抱きしめて欲しかったな、とあの腕の中の安心感を思い出してため息をつく。
それに、彼の名前……聞きそびれちゃった気がする。
「……もう一度、会いたいな。」
ぽつんと漏らした独り言が静かな部屋に吸い込まれていった。