第4章 3 夢か現か幻か
そうして思う。
きっと、この子は、この行為の意味を知らぬのだ。
魔力を持たない者同士のそれと、同じ認識なのだと。
私がこれから行う行為が、本来ならば人を殺める、何よりも下劣なそれであることを、彼女は知らないのだ。
これから何も知らぬ彼女に、私は触れるのかと思い、こんなにも酷い男が他にいるだろうかと考えた。
受け入れたとしても、決して繋がることの出来ないこの行為に時折吐き気すら感じたが、今は彼女自身が己を受け入れてくれたという喜びが勝った。
けれど、知らぬまま、私に喰われていく彼女は、この腕の中で一体どんな顔をするのだろうかと、そう思わずにもいられなかった。
ゾクリとした。
緊張と羞恥と、それらの混じった表情を隠すように俯いたままの彼女に、今の己の表情を見られなくて良かったと思った。
もし、もし本当に天女にとってのその行為が、彼女を助ける為であり、何も害さないのであれば、私は許されるのだろうか?これは、同意になるのだろうかと、そんな疑問が頭の中に飛び交う。
恐らく、私が思っているものと、彼女が思っているものは、似て異なるものだ。
だから、彼女に何も告げずに、ただひたすらに愛を囁きながら、彼女を喰らうのか、と。
そう思っては酷く歪んだ感情をその意識に芽生えさせつつ、同時に一つの考えが頭の中に浮かんだ。
アンリは、この行為の本当の意味を知らず、恋人同士が肌を重ねるそれと代わり無く受け入れることが出来る。
あぁ、ならばこれは捕食などではない。
それは私に許された、唯一彼女を愛せる行為であった。
ならば、例え酷く歪んでしまっていたとしても、この切符を誰にも渡しはしないと拳を握りしめる。
彼女にとってはこれは、悍ましい、許されぬ悪行等では決してないのだと……そう思ったこの時、私の中で何かか崩れ始めた。
徐にベッドサイドに置かれた薬を一つ掴むと再度その小瓶を呷り、一気に飲み干した。
「ハイデスさん?何を…?」
そんな私を不思議そうに見つめるアンリに、出来る限り優しく笑いかけて見せた。
この胸の奥で湧き上がるドロドロとした欲望を、悟られぬようにと。
「薬だよ……私が私でいられるように、ね。」