第4章 3 夢か現か幻か
この、静まり返った部屋の中で、私の心臓だけがあまりにも騒がしく音を立てている。
彼女の滑らかな頬を撫でると、伏せられた長い睫が揺れた。
「…、ゃ、だれ……」
意識がどれ程あるのかは分からないが、発せられた言葉に思わず彼女の手を取った。
その視線は、虚ろでぼんやりと宙を彷徨っている。
私を見て欲しい。
その視線に、私を映していて欲しいと、そう願った。
「アンリ、私の名を呼んでおくれ……、私を見ておくれ、アンリ。」
両手で頬を覆い、額を合わせて願った。
せめて、彼女が私との行為を同意してくれたのならまだ救われるだろう。
あれだけ好き勝手に手を出しておいてと蔑まれるかもしれない。
怒られるかもしれない。
でも、その先に困ったように笑ってくれる彼女が居てくれることを願ってしまうのだ。そんな己の身勝手さに瞼を薄く落とす。
私はもう、この感情を抑える方法を知らなかった。
狂ってしまった歯車はもう治らない。
何がいけなかったのか、どうすれば良かったのかだなんて今更考えたところで、何も変わることはなく、無駄に時間が過ぎるだけでありそうしている間もアンリの苦しみは増え続けてしまう。
苦しむ彼女を前に己はそんなことが果たして出来るのだろうかと考えてもいたが、実際彼女を前にするとそんな不安は全くの杞憂であった。
我ながら恐ろしいと、そう思いながらも遠くない未来、自責の念に駆られるであろう己の姿を閉じた瞼の裏に見た。
それでも、もう戻れない。
それもそうだ。
今更この手をどうして止められようか。
止められぬのに、溢れ出る感情の波に己自身が置き去りにされてしまいそうになり、焦って踏み出そうとした脚が不意にその荒波に攫われ体ごと呑まれてしまう。
愛しい彼女に触れることがこんなにも苦しいだなんて思わなかった。
「愛している、愛しているよ…アンリ。」
触れて、小さく唇を食むキスをした。
「ん、ぅ…、」
ぼんやりと私を映すその瞳は、どこまでこの行為を認識してくれるのだろうか。
一度触れると制御が効かなくなってしまいそうなこの昂ぶりに、手に持った瓶を呷った。
そうして彼女に口付けるとそのまま薬を飲ませてやった。
何度かそうして、お互いに魔力を制御させる。
そうでなければ、きっとどちらともなく気をやってしまうだろう。