第4章 3 夢か現か幻か
ただ、アンリが毎晩見るという夢だけはどうしても防ぐことが出来ないのだ。ルシス曰く、それは奴が干渉してきている訳でもなく、初めからアンリの中にある記憶だという。
これが本当に、今の私達にはどうしようもなく、ルシスもこれ以上何も施せるものはないと首を振るだけであった。
ただ、一番の懸念はアンリの中にある、奴との記憶がこれ以上呼び覚まされてしまうと再び奴と魂の結びが強くなり、結果的に呼び寄せてしまう可能性が高い事だ。
信じられなかった。
アンリは、既に奴との繋がりをその身に刻んでしまっていただなんて。
天使との繋がりが、果たしてどのような影響を及ぼすのかまでは分からない。
ただ、それこそお伽噺の様な話だが、天使に魅入られた人間はその身を喰われ、魂だけとなり天使へ体を変えられてしまうのだという事を随分と昔に聞かされた程度だ。
それも古い言い伝えだ。それこそ、天女がこの地へ降ろされる前からあるような。
私は、熱にうなされ、苦しむ彼女へそっと口付けた。
少しでも調子の良さそうな時を見計らって、彼女の体に魔力を注ぐ。
あの天使の魔力が完全に消えていないのだ。そこまで深くは浸透していない様子から、主に口からの摂取のみであろう。
だが、何かが可笑しい。こちらの魔力を注ぐとすぐに噎せ返り、苦しそうにして、更には注いだ筈の魔力が彼女の中に取り込まれている気配がしないのだ。
何故だ?奴の魔力が原因という可能性も高いのだが、詳しくは分からない。
ルシスは今、結界の再構築に入っていて手が離せない状態だ。
意識がある時も試したが、結果は何も変わらない。彼女にそのことを聞いても、よく分からないといった様子であった。
今の彼女は、天使の魔力は受け入れても、私の魔力は受け入れようとはしないのだ。
私はその現実に、言葉に表せられない程の憤りを覚えている。
私の知らない彼女がいるのは当然の事であった。だが、まさかそれが天使にその身を捧げていただなんて。
この美しく煌めく、透き通るような白い髪をした彼女が、間違いなく私の想う彼女だという事は分かっているのに、不意に私の知らない女性に写るのだ。