第4章 3 夢か現か幻か
ハイデスが小さく呪文を唱えると、セラフィムの頭上を覆い尽くす程の黒い澱みが浮かび上がる。
それは無数の黒い刃となってセラフィムに降り注ぐが、フッとその手を払うとその身に届くことはなく、一瞬で消え去ってしまった。
「……あのさぁ、その程度、何とも無いんだけど…万が一にでもアンリに当たったらとか、君は考えないわけ?」
明らかな怒りの籠ったその言葉と共に、セラフィムが腕を振り上げると、透明な、しかし確実な質量を持った光がハイデスを襲う。
見えない光の圧に地に伏せられるハイデスは、身動きの取れぬまま、その綺麗な顔を土で汚した。
「ぐぅ、ッ!?クソ、…!!」
ハイデスさんの苦しそうな声がして、呆然としていた私は咄嗟にセラフィムの服を掴んだ。
「、ハイデスさん!?何したの、お願い、やめてセラフィム……!」
「大丈夫だよ、ちょっと大人しくしてもらってるだけだから。本当は消しちゃいたいんだけど、それだとアンリが悲しむでしょう?だからやらないよ。」
ハイデスさんを、消す……?
何を言ってるの?セラフィムは、一体、何者なの…?
背筋がゾッとした。
あの甘い笑顔の裏に何が隠れているのか、分からなくて、急に目の前の彼が恐ろしく見えた。
「あぁ、怖い?ごめんね……ほら、こっち向いて。僕の目を見て…?」
「ぁ、…っ、」
彼の瞳に捕らえられた瞬間、一瞬にして目の前が見えなくなったかのような感覚に陥る。ボーッとして、何も考えられない。
「アンリ!ダメだ、そいつの言うことを聞くな!」
煩いねぇ……口も塞がないとダメだったかな?」
心底煩わしいとでも言うかのように吐き捨てると、私を抱き上げ、少し離れた場所へと降ろした。
「ごめんね、ちょっと騒がしくなっちゃったから、ここで待っててね。」
セラフィムが指を立て、横に軽く動かすと私の周りが白く半透明なドームに覆われる。
小さく微笑んで見せる彼を見ても、既に何が起きているのか把握出来ない程の意識しか残っていない私は、勝手にコクンと頷く体を不思議に思いつつ、うっすらと見えるその光景を見ていた。