第4章 3 夢か現か幻か
この手を掴めば、あの幸せな時が待っているのに、何故それを選ばない?
きっと、誰よりも、何よりも大切にしてくれる彼と、一切の苦しみを忘れたその世界で過ごしていけるのに、何故拒絶しようとするのか。こんなにも、私だけを捕らえて離さないこの瞳を、突き放すというのか、と。
「セラフィム、…」
震える声で、思わず彼の名を口にした、その時。
「ッアンリ、!!!!」
咄嗟に、その声の主の方を見ようとしたが、それを遮るように抱きしめられた。
穏やかだった空間に、緊張が走る。
それは、まるでガラスが壊れる前のような張り摘めた緊張感であった。
否、実際に透き通っていた空気に揺らぎが起きて、ギシリと見えないどこかが軋みを立てる音がしたのだ。
「……本当に、僕を怒らせたいみたいだね。」
突然訪れた第三者に、私はこの状況をどうすれば良いのかパニックに陥り、助けを求めるべきなのだということも頭の中から抜け落ちて、指一本動かすことが出来ない。更に、目の前の怒りを露にした彼が、私の見たことの無い目の色をしていたのが、完全に私の思考をショートさせた。
「貴様のせいか…、ッアンリを離せ!!」
「……離せだって?それはこっちの台詞だよ……僕からアンリを奪ったのは、君達だ。あまりふざけたことを言わないでもらえるかな。」
ハイデスさんの叫びとは裏腹に、聞いたことのない、ぞっとする程に冷たいセラフィムの声。
木々が騒めき、ぐにゃりと歪んだ空間の先で、ハイデスさんの声が遠のいた。
「完全体ヒト型……?なんだ、こいつは……天使なのか?天使避けの結界の中に己の結界を産み出すなど……クソ、化け物が!」
キィイイイイン---
耳をつんざくような音が響いて、辺りが一瞬光に包まれる。
はらはらと、視界の隅に葉が舞い落ちるのが見えるだけで、胸元に押し付けるように抱きしめられた私には何が起きているのかも分からない。
パキン、と音を立てて消えた光は、私達を守る壁のようであった。
「ひどいなぁ……僕、これでも一番偉いんだけど…君、口の利き方とか教えて貰え無かった子なの?」
「化け物に合わす口等、元々持ち合わせている筈が無い……!」