第4章 3 夢か現か幻か
何も考える必要はない。全て僕に任せて、全てを忘れて飛び込んで来いと彼は両手を広げて待っている。
今ならわかる。選んではいけない。
もう、あの場に行くことは許されないと最後の警告を私の中で鳴らす私を、余計なことをと黙らせる何かがあった。
その何かが、彼に生み出された感情なのかと思っていた。でも、それも違和感がある。
だって、私は彼の腕の中に飛び込んだその先を知っているのだもの。
朧げな記憶、往事茫々と言うにもそれは夢に近い何かなのだが、それでも彼に、セラフィムに触れられれば触れられるほど強く感じたその感情は、きっと私の中の過去の私。
なんて残酷な記憶なのだろうか。
そこは苦しみも悲しみも何一つ無い、ただただ幸せな彼との時間があるだけだった。
そして何よりも残酷なのが、私が、私自身が、あの場所に、あの時に戻りたいという意識を持っているということ。
全てを捨ててあの場所へ戻ることも、このまま何事もなかったかのようにこの屋敷で過ごすことも出来ない私は、相変わらず燻り続ける熱を早く静まれと抱えて蹲るだけであった。
それなのに、忘れてしまいたいと思えば思う程に彼は私の中に現れて何度も私の一番欲しい言葉を持って優しく抱きしめるのだ。
夢なのか分からない微睡の中で、私に触れる彼は先程のハイデスさんとの行為の一切を忘れさせるかのように、恐ろしく丁寧に触れてクラクラする程の愛の言葉を囁いていく。
この、夢と現実の狭間で私は無意識にも自らの体に手を伸ばしていた。この夢の中で何度も果てる私は本当に幸せそうにセラフィムを求めて、もっともっと愛して欲しいと縋るのだ。
そうして遂に彼の熱をその身に受けて終わりのない快楽に甘んじて落とされていく。
ああ、彼はこの時を望んでいる。
そして、私の中にいる過去の私が望んでいるものも間違いなくそれであった。
夢の終わりに覚醒した筈の意識はまだその中に居たいと、酷く熱を持つそこに触れては雑に弄ってしまう。
上手くいけないまま、意識だけがはっきりとしてきて、その情けない自分の姿に泣きたくなった。
可笑しくなっているのなんて、分かり切っていた。
もう、自分の意思で、まともな眠りにつく事さえ出来ない私の体は誰のものなのだというのか。
でも、その原因と解決方法が、ただ一つの道でしか残されていない事に、私はまた泣きそうになる。