第4章 3 夢か現か幻か
「優しいな、アンリは…。少し、自重しろとジェイドにも散々言われているというのに、君を前にするとどうにも冷静でいられないんだ。そうやって、優しい君の言葉を鵜吞みにしてしまうのだから、私は情けないな。」
そうして優しく私の手を取って指先に口付けるハイデスさんは、いつもの堪らなくカッコいいその姿にどこか愁いを持たせていた。
私だけが乱れているこの部屋で、空気が揺らいでいるように感じるのは私の魔力がそれだけ濃く漏れ出ているのだろう。
もう少し、もう少しだけこうしていて欲しいのに、何だか落ち着きがない私の心は思わずその手を引いてハイデスさんから離れようとする。
「……、また、何かあったらすぐに呼んでくれ。私でなくとも、ジェイドでもいい。明日は休みを取ってきたから、私の事は気にせず頼ってきておくれ。分かったね。」
魔法で簡単に体と衣類の汚れを落とすと、そのまま乱れたワンピースを整えてくれた。その間、私とハイデスさんのどちらも、お互いの表情を確認しようとすることはなかった。
最後にちらと見た、少し眉を落として困ったように笑うハイデスさんに小さく胸が痛んだが、背を向けて静かにドアが閉められるまで、私は声を掛けるどころか動くことすら出来ないでいたのだった。
パタン、と遠慮がちに締まる扉を見届け、私はそのまま暫く呆けていた。
何かが、歪に拗れ出したのを感じつつ、その原因が確実に私の中にあるのだという現実に、情けなくて、けれども苦しいだとか辛いだとか言ってはいけない立場に顔を手で覆ってはこの現実から目を背けようとする。
ああ、やはりなんて弱い人間なのだろうか。私という人間はいつだってそうだ。
全て自分が蒔いた種だというのに、その芽が出始めて初めて狼狽える。
分かっていたのだろう?
こうなることなど、初めから分かり切っていた筈だ。
今ならまだ間に合う、このまま何事もなかったかのように朝を迎え、何事もなかったのだと笑ってハイデスさんと朝食の席に向かえばいい。
ただそれだけ。たったそれだけの事なのだ。
なのに、それなのに私のこの意識はまたそうはさせまいと私の感情をかき乱しに来る。
まだ、杞憂で終わる。可笑しなことなど何も無かったと言えるのに、今の私の脳裏にちらつくのは、あの空色の瞳なのだ。
何故、どうして貴方は今私の中に現れるの。