第3章 2 暖かな黒の中で
夜会当日、本当は私がアンリの手を引いて、ずっとあの美しく着飾った私の女神を隣に置いておきたかった。
だが、決めたことだ。ほんの少しの時間、ルシスに頼むだけだと自分に言い聞かせていた。
しかし、蓋を開けてみればどうだ。私が決めた事だと言うのに、彼女が努力している間、全く側にいてさえあげれなかった上に、当日のあのルシスの目立ちようときたら…。
あの人がかつて女性の手を引いて歩いていた事があったかと聞かれれば、記憶にないとしか答えられない。
アンリ達が屋敷を出て、すぐに向かったと言うのに会場で見付けられない二人。
ルシスがそれは輝かしいドレスを身に纏った美女を連れているのを見たと言う人間は至るところに居るのに、当の本人達がいないのだ。
この時点で、やられたと思った。
私の娘として今回出席する筈が、これでは単なるルシスの連れた美女となってしまうではないか。
既にあれは誰だと騒ぐ者達へ説明しながらも、まさか当の私が会場で出逢えていない等可笑しな話だ。
アンリの初舞台を見届けに来たんだと言いながら、新しい花の蕾を探しに来たエルメスと二人開演までの間、合間を縫って見て回ったが見付けられなかった。
本当に来てるのか?どこかに拐われちまったんじゃないのか?とふざけたことを言うエルメスを黙らせながらも無意識に焦りが募る。
だが、その不安はデビュタントのダンスが始まった途端に消え失せた。
おい、まじかよ…。なんて、隣で唖然とするエルメスに私は何も答えてやれなかった。
一体、どこに隠れていたのかと言う程に輝く姿は屋敷を出るその時よりも遥かに煌めいていた。
アンリに、軽い認識阻害の魔法をかけているのはすぐに分かった。
エルメスですら、あれアンリちゃんで合ってるよな?と聞いてきたくらいだ。
ルシスのやつ、何を企んでいる。
その後すぐに後を追うもまたしても雲隠れかのように姿を消す二人。
そして、アンリを紹介してくれという人間が正直把握出来ない程現れた。本来ならばこの状況は親として、一貴族家系として喜ばしいことなのだろう。
だが、私は内心腹立たしくて仕方がなかった。
誰が貴様らのような…弱く録な力も無い、故に皮相な醜い欲で群がって来る奴らに、彼女を紹介などしてやるものかと罵りたくなるのをグッと堪えた。