第3章 2 暖かな黒の中で
空を飾る小さな輝き達を背に、まるで絞り出すような、そんな言葉選びでハイデスさんは笑って見せた。
あんなに、ずっと沢山の人の対応をしていたと言うのに疲れた様子を全く見せない、髪の乱れ一つとして無い姿に、溜め息が出た。
そんな彼が、私の手を取ると、ゆっくりと跪いた。
「アンリ、その……良ければ、私と一曲、踊ってはくれないだろうか…?」
相変わらず、少し切なそうな顔で笑って、どこか懇願するようなその姿に、胸がぎゅっと切なく痛んだ。
「……っ、喜んで。」
手を重ね、背中に感じる、しっかりとした腕。その中に、簡単に収まってしまう私は堪らない心地好さを感じた。
まだ初夏の空気の、澄んだこの心地良い風に包まれて、白夜の終わりを知らせる青白い灯りが二人分の影を描く。
静かな夜に小気味良い音を響かせて、風になびくドレスの裾がキラと輝いた。
いつの間にかその奥にジェイドさんを入れた4人の執事さん達が楽器を手に、この夜に溶け込むような音を奏でる。
真夜中のワルツは少し大人びていて、時計の針等忘れてしまえとでも言うかのようで。
私を真っ直ぐ見詰める、この優しい瞳の中でいつまでも踊れるのならばそれはきっと幸せな物語の終演を迎えられるだろう。
そうあって欲しいと願い、肩口にゆっくりと白夜の終わりを告げる茜色を見詰めながら目を閉じた。
「……ありがとう、アンリ。正直、ルシスにあの役を頼んだのは失敗だったと思ったよ。あまりにも、完璧過ぎた…誰が見ても、あの時の君はルシスのものにしか見えなかった…。」
「え、そ、そんな感じだったんですか…?」
「あぁ、認めたくは無いがね。けれど…こうして君と踊れて安心したよ。ちゃんと、今の君の瞳には私が写っている。それがどれだけ私を安堵させるか。」
ぎゅっと、少し強めに抱き締められる。
少し、苦しい。
でも、今はそれがどこか心地好くすらあった。
こうして、ただ求められることが私を満たしていく。
それが良いことなのか、悪いことなのか……私はそれを考えるのを拒絶している。
この心地好さに溺れていたいと、そう思いながらも、このままではいけないともう一人の私が騒ぎ始めている。
だが、それにまるで蓋をするかのように、暫くの間、私はこの広い胸に凭れていたのだった。