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私を愛したモノなど

第3章 2 暖かな黒の中で



揺れる馬車の中、数刻前に見た風景を逆に辿りながらも既に人の気の少なくなった景色をぼんやりと見た。
空は、まだうっすらと明るくて、遠くから差し込む夕焼けの色を見付けた。
隣に座ってくれたハイデスさんは、静かに私の手を握って、疲れていないかとか、あまり相手を出来なくてすまなかったとか、とにかく私の事を気遣う言葉ばかりかけてくれた。

そんなハイデスさんに私は、大丈夫ですだとか、ありがとうだとか、ありきたりな言葉しか返せないでいた。
本当は、ハイデスさんとも踊りたかったとか、そういう事を言いたかったけど何だか言い出せなかったのだ。

バルコニーでルシスさんにされたキスの事、話せていない。

また、あの時みたいな熱が出たから、ルシスさんはそうしたんだろう。でも、あんな場所で、何だかとてもいけないことをしてしまったような気がして。
ハイデスさんに言えないのも相まってどことなく気まずい空気を作ってしまった。

そうしてどこかギクシャクとした空気を直せないまま、屋敷へと着いてしまう。丁寧に手を引かれ、馬車から降りるとまだルシスさんがかけてくれた魔法が効いているのか、重たいドレスも、疲れている筈の身体も嘘みたいに軽かった。

ゆっくりと屋敷へ向かう最中、ふとハイデスさんの脚が止まった。

「……アンリ、すまない、少し時間を貰ってもいいかい?」

そう言って、屋敷の中庭にある噴水の方へと手を引かれた。
どうしたんだろう、そう思ってると先程出迎えてくれた筈のジェイドさんがどこかへ行ってしまった。
珍しい、いつもこういう時は傍にいるのに…なんて思いつつ、気が付けば、私の目の前にはやっぱり困ったような、切ないような顔をしたハイデスさんがいて…あ、私はまたこの人に、この顔をさせてしまったのだと感じた。

「疲れているだろう、どうか無理はしないで……でも、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。今日の君は本当に美しかった。あの後も王子も踊っていたというのに、まるで霞んでいたくらいだ。」

「いや、それはたぶんルシスさんが目立つから…」

「あぁ、勿論それもあるね…でも、やはり君の輝きが誰よりも美しかったよ。本当に、女神のようだった…」

噴水の細かい水しぶきが、時折風に乗っては傾き出した空の光に照らされてキラキラと煌めいた。
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