第3章 2 暖かな黒の中で
「あっ、あの…ごめんなさい、!」
「フフフ、構いません……寧ろ、こうしていた方が目立たずに済みますからね。」
う、うわぁ……普通に考えてさっきまで夢の中みたいな気分だったのに、その時の相手が正気に戻っても目の前に居るって心臓に悪すぎる。
でも確かに、今の場所は上手く壁際まで連れてきてくれたみたいで、丁度柱があったりして死角になりやすい場所だった。
ホッとして一息付いていると、急ぎ足で近付いてくる人影があった。
「アンリ!探したよ…こんなところに居たとは。ルシスも、その…感謝する。」
「おや、何ですかその歯切れの悪い言葉は。」
「いや、…素晴らしかった、本当に。アンリ、君が一番美しかったよ…ここにいる誰よりもだ。」
私の手を取ると、どこか困ったように、そしてどこか切な気に笑うハイデスさん。この表情は、屋敷を出る前にも見た表情と同じだった。
「こら、何の為に私にエスコートを頼んだと言うのです?こんなところで娘を口説く馬鹿がありますか。」
「、分かっている……だが、誰の目もない時くらい許されるだろう。」
相変わらずのやり取りに、クスクスと笑いつつ、先程のハイデスさんの表情が気に掛かる。
私はもう、そんなにやることはないので好きにしていてくれとのことだった。
本来ならば、ハイデスさんの隣で挨拶をして回る予定もあったのだが、疲れるだろうとそれはハイデスさんから断りを受けた。
確かに、慣れない私がいて変なこと言っちゃったりしたら大変だしね…家の話とか、そういう政治的な話もまだ出来ない。
こんな端にいても、ボーイさんはちゃんとグラスや軽食を持ってきてくれるので、会場の雰囲気は充分楽しめた。
少し先で色んな方と話をするハイデスさんの背中を見ながら、何だか遠い世界の事のように思えた。
あれだけあった筈の周りの視線を全然感じないから、きっとルシスさんが気配を消してくれてるんだろう。
やんわり聞くと、ハイデスさんの娘ってだけで質問責めに合うだろうからと言われた。
並ぶように代わる代わる色々な人から話し掛けられているハイデスさんを見て、やっぱりすごい人なんだなぁ…と、急に肩身が狭くなった。