第3章 2 暖かな黒の中で
「…やっと私の事をちゃんと見ましたね。ハイデスには申し訳ありませんが、今日は私を意識して頂かないと困るのですよ。」
気が付けば腕を引かれ、アゴ先を軽く掴まれて見上げたそこにあった黒い瞳の奥が、何故か赤く光ったように感じた。
あぁ、細いと思ったけれど全然そんなことない。しっかりした腕と肩幅から感じる体格差に、どうしようもなく心臓が騒ぎ出した。
「、ルシス…妙な事はしないで貰えないか。アンリはこういう場所は初めてで、それに今日は…」
「えぇ、えぇ、存じ上げておりますとも。お前の大切な大切な仔猫ちゃんですからね…勿論、丁重に扱いますよ。何せ、こんなにも可愛らしいのですから。」
急な接近に焦った様子のハイデスさんが止めに入るが、すぐにその言葉に被せるようにルシスさんが笑う。
「では、行きましょうか。」
そういって手を引かれるどころか、簡単に抱き上げられるとそのまま当然のように出口へと向かう。
「おい、何して…!それにまだ時間には早いだろう。もう少し…」
「不馴れな彼女を通常の速度の馬車で移動などさせられますか。お前も合わせて向かえば良い事でしょう。安心しなさい、この私が全責任を持って彼女をエスコートして差し上げますのでね。」
そんなやり取りの中、何を言える筈もない私は気が付けばハイデスさんにきちんとした挨拶もないまま屋敷の外へと出てしまっていた。
外はもう夜に近いというのに明るく、昼間というには青白い明かりが空から降り注いでいる。
何だか不思議な空気に包まれていた。
「きちんと掴まっていて下さいね。まだそのようなドレスで歩くのは馴れていないでしょう?室内ならまだしも、外の石段を歩かせるのは少々心配ですからね。」
どうやらルシスさんは先程の私のおぼつかない足取りを見て気を遣ってくれたらしい。
こんな状態できちんと踊れるのか不安しかない。
ルシスさんの馬車はクロヴィス家同様に全面黒なのかと思っていたが、落ち着いたモノトーンの馬車だった。
そのまま乗り込むと小窓からハイデスさんに見送られてルシスさんと会場へ向かった。