第3章 2 暖かな黒の中で
「……残念ながらハイデス様、たった今ルシス様がお嬢様のお迎えに見られましたので、御対応を。」
「、チッ……言っていた予定より早くないか。」
少し待たせておけばいいものを…、と愚痴るもののジェイドさんに咎められ、急かされると渋々といった様子で部屋を出ていった。
パタン、と静かに閉じられた扉を呆けたように見詰めることしか出来なかった私に、気を遣ってかお水を差し出してくれたメイドさんによってやっと我に返った。
うわぁ、ビックリした。
いつも通りのハイデスさんだと言えば確かにそうなんだけれど、なんかこう、あまりにもまっすぐに見詰められてしまって動けなくなってしまった。未だに心臓が音を立てている。
そんなこんなで、ジェイドさんに呼ばれて玄関ホールへと向かう。後ろを少し引きずるドレスなので、階段を歩くのに少し緊張した。
さっきの事もあり、何だかハイデスさんを意識してしまって上手く二人の顔を見れないでいると、不意に手を取られた。
うやうやしくも私の手をその綺麗な掌に乗せ、此方を伺うように見るルシスさんと目があった。するとにっこり笑って手袋越しに指先へと口付けられる。
「アンリ嬢、お久しぶりですね。今日はまた一段と美しい…この特別な日に貴女の手を引けること、とても光栄に思います。」
「あ、そんな…此方こそ、今日、引き受けて下さってありがとうございます。」
「フフフ、相変わらず謙虚な子ですね…可愛らしい。ですが、困りますね…アンリ、今日貴女をエスコートするのはこの私なんですよ?だからほら、ちゃんと此方を見て…。」
ルシスさんは、同じように腰を細く絞ったような燕尾服で、長く伸ばされた髪は後ろに軽く結われている。
いつもは殆ど隠れてる耳元とか、首筋とかが見えててなんというか…すごい中性的で色っぽい。いつも長いローブとかマントとかオーバーサイズのもので誤魔化されてたけど、滅茶苦茶腰が細い。隣に並んだ時の手脚の長さにギョッとする。身長こそハイデスさんより高いけど、体格はハイデスさんの方ががっしりしている。
ハイデスさんの男性的な格好良さも本当に格好良いんだけど、うわぁ、これはちょっと、今日無理かも…。
悪戯に笑うルシスさんが、一瞬にしてどこか上の空だった私の意識を持っていってしまう。まるで何か魔法でもかけられたのかと思うくらいに。
