第3章 2 暖かな黒の中で
当日、いつも通りゆっくり起きると朝は普段通り過ごし、昼過ぎから準備に取りかかる。
全身のスキンケアから髪のケアまで、これはダンスの練習を始めたあたりから続いているのでさすがに慣れてきた。
そして丁寧にケアされていくのが心地好くて好きな時間でもある。
そうして終えるとメイクからヘアセットまで楽しくお喋りしながら進めていく。リラックス出来る効果のある紅茶を入れて貰うと、やはりどこかで緊張していた部分があったのかホッとした。
次第に良い時間になってきたので、いつもより工程の多いドレスをまたもやメイドさん二人がかりで丁寧に着せ付けて貰う。
いくら手早くとは言っても多少時間がかかる。
だが、完成した自分の姿を鏡で見ると本当に、私じゃないみたい、と思わず言ってしまうのも許して欲しい。
ソファへ腰掛け、少し休憩を挟んだら遠慮気味に扉を叩く音が響く。
メイドさんの手により少し開けたられた扉、その隙間から聞こえた声でジェイドさんだと分かった。
どうやらハイデスさんも準備が整い、後はルシスさんの迎えを待つだけらしい。
先にハイデスさんの待つ部屋へと向かうと、真っ黒の燕尾服に身を包んだその立ち姿に思わずドキッと胸が鳴った。
「アンリ…いや、本当に綺麗だ…。」
うっとりと頬を撫でるその手が擽ったくて、こそばゆくて…思わず視線を下げた。
「ハイデスさんも、かっこいいです…。」
なんでこんなに緊張してるんだろうって思うが、やはり仕方がないだろう。
元々なにもしなくともあれだけ整っている人が、こんな正装に身を包まれてしまっては上手く視線を合わせられない。そういうものだろう。
「……このまま二人、どこかへ行ってしまおうか。夜会なんて行かずに。」
「、え…?」
思わず顔を上げると、少し困ったように笑うハイデスさんがいた。言葉の意味をぐるぐる考えつつ、そんなの軽い冗談に決まっていると自分を征するもまっすぐに私を見るその瞳から目が離せなかった。
「今日、こんなにも美しく着飾った君の手を引くのが私ではないなんてな…。例え形式的なものだと分かっていたとしても、君を送り出したくなんてない。私は今その想いで胸が詰まりそうだよ、アンリ。」