第3章 2 暖かな黒の中で
舞踏会の日が近付くにつれ、次第に夜が短くなっていった。
毎年、デビュタントボールが決まって白夜の日に行われるのは、主役が社交界へ初めて出る者達故に、まだ幼く無垢な令嬢を夜暗い中帰させるわけにはいかないという想いからだった。
魔力が支配するこの世界で、弱者と強者の違いはハッキリと目に見えてしまう。
そんな中で、まだ未熟な子供達を夜の毒牙に狩られまいと少しでも守ろうと美しく彩り、その力を世に見せる、そんな日である。
そしてその輝かしい社交場が開かれる数日前……クロヴィス家の庭に、その家の者にとっては見慣れた馬車が門をくぐった。見慣れた筈だが、誰もが思わずその存在を視界にいれようとするくらいには、その漆黒は久方ぶりに姿を見せた。
そして誰よりも早くその訪れに気が付いたのはジェイドさんだった。
レッスンの小休憩中、よく分かっていない私の身なりを手早く整え、そして何を思ったのか、突然ふわりと軽く私を腕に抱え、普段はあまり使わない簡易ワープの魔方陣で玄関ロビーへと連れてこられる。
そこでもやはり状況把握の追い付かない私のドレスと髪型を最終確認して後ろへと立つ。
何、どうしたんですか?なんてとぼけて聞こうとする私に、気が付けばジェイドさんの後ろへ他の執事さんやメイドさんまで揃っている。
あれ、もしかして…そう思った瞬間、音を立てて目の前の扉が開いた。
「アンリ……遅くなってすまない。」
視線を合わせてすぐ、まっすぐに私を見詰める漆黒がふわりと、それはそれは柔らかな笑みを浮かべた。
「…、ハイデスさんっ…!」
後ろにジェイドさんや、他メイドさん達がいるとか、分かっていても気が付けば駆け足でハイデスさんの元へ向かっていた。
「ただいま……ちゃんと、いい子にしていたかい?」
さすがにはしたないと、前で止まろうとしたのをハイデスさんから思いっきり抱き締められてしまった。
「っ、…し、してました…!」
子供扱いされてるみたいで、加えて後ろからメイドさん達のクスクスと暖かい笑い声が聞こえてきそうで。
でも、それ以上に嬉しかった。
「本当かい?私は早く会いたくて、何度隊を抜け出そうと思ったか…。」
隊長の癖にそんな冗談を言うハイデスさんが可笑しくて、少しの間二人で笑っていた。