
第3章 2 暖かな黒の中で
「は、はい…でも、その……ドキドキしちゃいますね…。」
急なことにちょっとドキドキしながら、美しいポジションを保つ為に姿勢を伸ばすが、そうするとジェイドさんと向かい合う体勢になってしまう。
今まで意識したこと無かったジェイドさんの鼓動が聞こえそうで、必要異常に緊張してしまう。
「フフフ、お嬢様にそのようなことを言われては、私の方が緊張してしまいます…ですがまぁ、本番はあのルシス様です。おそらくは、こうでしょうね。」
少し低いトーンで言うと、あろうことか更に距離が詰められる。否、詰めるというよりも、ほぼ無くなった。
わざと上半身が密着するような、こちらが背を反らさなければお互いに首元へ顔を埋めてしまうけれど、顔を反らすと逆にその距離の近さが強調される。
ハイデスさんとは違う、爽やかなシトラスの香りが目の前に広がった。
「常に、ではありませんが基本ステップは距離が近くなります…それで、…おっと!、」
ジェイドさんが真面目に説明してる途中だというのに、あろうことか足を滑らせた。緊張で、無駄に足を動かしたせいかドレスが足に絡んでしまったのである。
瞬間的に後ろへと転びそうになる私をジェイドさんが支え、そうなると必然的に上半身は密着し、というよりも寧ろ私からジェイドさんにしがみついてしまった。
「……、ほら、お嬢様…ダンスは基本的に男性リードの場だということをお忘れなく。決して本番でこのような事は決して致しませんように…隙を見せると、どうされてしまうか分かりませんよ?」
耳元で囁かれては一気に体温が上がった気がした。
「ひゃっ…ご、ごめんなさい…」
「…いえ、お怪我は御座いませんか?」
抱き抱えられていたのをストンと軽く下ろされ姿勢を正される。
恥ずかしくて思わず視線を落としてしまうが、今はレッスン中、ちゃんとしなければと羞恥心を堪え何とかジェイドさんを見た。
「……ハイデス様がこの場に居なくて本当に良かったと、心から思いますよ。」
指先で口元を押さえつつ言ったジェイドさんの言葉が分からず、思わず聞き返したがその意味を教えてはくれなかった。
からかわれている気がして思わず、もう!と怒ると、すみませんと謝りつつ、笑いながらレッスンを進めるジェイドさん。
それが何だかいつもの、執事服の時のお堅い雰囲気と違って、とても柔らかくて…気が付けば私も笑っていた。
