第3章 2 暖かな黒の中で
余程気になるのか、あれこれと予想をするエルメスに、はぁとハイデスさんが溜め息をついた。恐らく本当は言うつもりはなかったのだろう、渋々と言った様子でやっとその人物の名を口にする。
「……ルシスだ。」
「…いや、え……なんだって?」
「お前は自分の師の名も忘れたのか?」
開いた口が塞がらないとでも言うように、手にしたカップを落としそうになりながらも、まさかと今一度その名の人物が自分が想像しているその人であることを確かめようとする。
「なんで…おま、…正気か?んなことしたら、この子に今後近付いてくる人間が居なくなるぞ?!まさかあんなのと…!!」
「おやおや、随分と楽しそうじゃあありませんか……私も交ぜて頂きたいものですねぇ…あんなのが、なんでした?エルメス…?」
ゆっくりと背後から近付いてきていた気配に気が付いていたのはハイデスさんとジェイドさんで、全く気が付けていなかった私と…特にエルメスさんは椅子から転げ落ちそうな勢いで驚いていた。
「ッ、あ…!!いや、その……いらしてたん、ですね…?」
「ええ。少し前からね…アンリ嬢、隣よろしいですか?」
「あっ、はい…どうぞ。」
私にもお茶を、とジェイドさんに涼しい顔で言うルシスさんの前で、完全に顔が真っ青になっているエルメスさん。そして我関せずと逃げの姿勢でいるハイデスさん。
何この状況…ちょっと面白いけど、今にも気を失いそうなエルメスさんが気の毒だ。
何か話題を変えさせなくては、とルシスさんに向き合った。
「えっと…あの、ルシスさんは、その…いつまで居てくれるんですか…?」
「おや、可愛いことを言ってくれますね。ですが、城へ少し用がありましてね。そうなると面倒事に巻き込まれる気配しか無いのであまり行きたくは無いのですが…貴女の薬を調達してこなければ。」
「そっか……ルシスさんも、もう帰っちゃうんだ。」
寂しいなぁ、なんて思わず呟いた。
「アンリ、少しでも帰れる時はすぐにでも馬を走らせよう。ただ顔を見るだけでも、少し声を聞くだけでも。」
いたって真剣な表情でまっすぐに伝えてくるハイデスさんと、これまた奇妙な生物でも見たかのような表情のエルメスさん。
「フフフ、重症でしょう?この男…」
そう言って楽しそうに笑うルシスさんが印象的だった。