第3章 2 暖かな黒の中で
天女の身体は魔力ともまた違う生命エネルギーで出来ていて、それは所謂、この世界の神と同等のもので、違いと言えばそれを新しい生命に直接変換出来ないことくらい。
簡単に言えば、死んだ人を生き返らせることは出来ないが、死にそうな人を助けることは出来るということ。
魔力の最大値を増やすことは勿論、生物の寿命を延ばすことも簡単らしい。
「……その方法が、私の血液を飲ませる、ですか?」
「ええ。ほんの少しでいい、頂いてもいいですか?」
「わかりました。その程度のことで、本当にジェイドさんが助かるのならば…。」
薄い、シャボン玉の膜を潜るような感覚で結界の中へと入る。
「貴女の綺麗な手に傷をつけるのは心苦しいですが…お許しを。」
ルシスさんはそう言って私の手に大切そうに口付けると、小さなナイフの先端を私の指先にチクッと刺した。
針を刺した時のような鋭い痛みの後に、指先に小さく血が丸くなって表れた。
粟玉程の小ささのそれを、ルシスさんが指差すとふわふわと宙を参い、ゆっくりとジェイドさんの口元へ吸い込まれていった。
「え、たったこれだけ…?」
ビックリした、もっとちゃんと滴るくらいは取るのかと思ったが、私が裁縫をして怪我をした時よりも遥かに少ない量だった。
「あぁ…これは、素晴らしい……そう、たったそれだけで、ほら見てください。」
言われて覗き込むと、ジェイドさんの青白かった顔色に血の気が通り、表情もただ目を閉じているだけのようだ。
魔力だとか、そう言うのは私には分からないが、明らかに良くなっているように見えた。
「ジェイド、!あぁ、本当に…こんなことが…!」
先程まで、結界の外で私達の様子を伺っていたハイデスさんが駆け寄って来た。
きっと彼にはジェイドさんの魔力の量だとか、そう言ったものが見えているのだろう。
「アンリ、君は本当に天女というよりも神のようだ…、まさか、こんなあっさりと…あぁ、ありがとう……」
「い、いえ…そんな……私は、なにも…」
勢いで抱き締められてしまったのに驚いて、すぐには気が付かなかったが、ハイデスさんの声が震えていた。
「いや、君は私の女神だ……正直もう、ダメかと思った。私にとって…唯一の家族みたいなものだったんだ、ジェイドは…」