第53章 精算 (初代ダンテ)
とりあえずじたばたすればその分拘束の手は強まるとわかっていたので、少し身じろぎしただけで大人しくなる。
それに男は少し目を見張った。
「やけに大人しいな」
「そりゃそうよ。もがいても無駄だって知ってるもの」
「賢明なこった」
後ろ手に布か何かで手首を縛られる。時々感じる擦れた痛みに目を細めながら、私の行動が賢明なら貴方達の行動は一体何なのかと問いたくなった。
だけど。私は笑う。
そんな事問う暇もないかしら。
手を縛り終えた男二人が、改めて無抵抗な私を観察する。
仕事中はダンテが庇ってくれるおかげで傷ひとつない身体。首を撫で鎖骨をなぞり、胸元で止まる武骨な手。
そんな汚い手で触らないで、と叫ぶ心。その手を眺めながら私は言う。
「やめた方がいいわよ」
「なんでだ」
「取り返しつかなくなるから」
男は笑った。
「お前の事だろう、取り返しがつかなくなるのは」
服の衿元を指にかけ引っ張る。街灯に照らされた胸元は、綺麗なカーブで陰影を描いていて。
食い入るようにそれを見つめる男を前に、私はわらう。
「…やっと来たの」
「あ?」
呟いた私。聞き返す男。それと同時にもう一人、この場に這入った男がいた。
「悪いな」
「卵割れたかも」
私の正面、男達の背後で足音を隠しもせず歩く彼に言うと、人影は肩をすくめた。
「オムライスはまた今度か」
「うん。残念」
「お前は悪くない。悪いのはそこの坊やだ」
「な…」
平然と会話する第三者に驚き、がぎこちなく振り向く。本能的な恐怖を、彼ですら感じた。
男の目がその真っ赤な姿を捉えた瞬間には、第三者はもう、驚くほど近くにいて。