第31章 水音
「こちらがお客様のお部屋でございます」
「ありがとうございます」
促されるままに部屋へ入っていく。
中は一面畳で、床の間に掛軸がかかっていた。真ん中には高級そうなテーブルと座椅子がある。
こざっぱりとしていて、何もないと言ってもいいくらいなのに、冷たい感じがしない。
まるで故郷に帰って来たかのような温かさ。
二人はしばしその雰囲気に飲まれる。
「そちらの奥の扉が露天風呂になっております。バスタオルの替えもご用意しておりますので、ご入用の際はお申し付けくださいませ。では、お夕食の時にまたお伺い致します」
「あっはい!ありがとうございました」
ぼうっとしていたは女性の声で我に返り、弾かれたように返事をした。
深く礼をする彼女に同じく慌てて礼を返し、戸が閉まるのを見届ける。
足音が十分に遠ざかるのを待って、はほうっと息をついた。
力が抜け、緊張していたのがわかる。あんなに丁寧に接されれば無理もない事なのだろうが。
するとその様子を見ていたダンテが、くつくつと笑い方を震わせた。
「緊張したか?」
「ん…だって仕方ないでしょーあんなんじゃ」
「まあな。俺も実は緊張してた」
「やっぱり。人の事言えないじゃない」
は木製のテーブルに近づき、木箱の中に入っているお菓子を眺めた。
小さくてかわいらしい。持って帰りたいくらいだ。
「ちょっと疲れたから、早めにお風呂入りたいなあ…」
ぼんやりと呟く。
この旅館は山奥にあるため、行くのに山道を車で登って行ったのだ。
舗装もされていない道でガタゴトと車は揺れ、ゆっくりもできずにここに着いたのだった。