第31章 水音
ダンテとの二人は温泉旅行に来ていた。
近くに日本の旅館ができたとかでが行きたがり、休みを取って行く事にしたのだ。
1泊2日で値段も安い。ダンテはに内緒で予約を取りに行っていて、それを知った彼女は飛び上がって喜んだ。
松の木をかいくぐり、石畳の上を歩いて行く。
水音に目を少し逸らせば鹿威しが涼やかに音を立てて。
心地よい静寂に響く水音と竹が石にぶつかる音に、気持ちが落ち着いていく。
「綺麗な所だねえ…」
「そうだな」
同意を示しながらも、ダンテにはいたたまれない気分が広がっていた。
静かな場所。緑が溢れる景色。
静寂なんて、自分に一番無縁なものだ。
いつも世界は喧騒とノイズと叫び声に溢れていて、死と生の賭けをしては血を流し、流しては拭う。
そんな生活ばかりをしていた自分にとっては、この静寂は逆に居心地が悪くて。
一人だったらまず早々に立ち去っていただろう。
だが、それでも彼を引き留めているものは。
「ダンテ、早く中入ろう!」
「ああ」
笑顔でダンテの前を駆けていく。ほっとして、大丈夫だと息をつく。
――静かなのが怖いなんて笑っちまうな。
の存在に安心する。
そのはからからと引き戸を開けて、旅館の中を見回していた。木製の玄関と階段が見える。
ダンテも追いついて後ろから覗き込むと、
「いらっしゃいませ。お待ち申し上げておりました」
着物姿の女性がやってきて床に手をつき、深々と頭を下げた。
スラムでは全く味わう事のできない丁寧な物腰に、ダンテもも一瞬戸惑う。
しかし女性はにこりと笑って立ち上がると、二人の荷物を受け取って部屋へ案内をしてくれた。