第30章 零距離
真っ赤なコートのあの人を、私はいつも眺めていた。
何の仕事をしているのか、いつもぶらりと街に出て来る。
それは不規則すぎて、いつ会えるのかいつ姿を見られるのか全然わからなかったけど、それは逆に彼への想いを募らせた。
今日は会えるだろうかと不安と期待をないまぜに出掛け、姿を見られるとその日一日幸せで。
いつか話をしてみたいと心を踊らせ。
でも、無理ね。
彼は格好いいからいつも女の人に囲まれてるもの。
私なんかが出て行った所で、一人の女としてではなく大勢の女のうちの一人としてしか見られない。
見ているだけで、幸せだった。
ある日。
お気に入りの喫茶店で一人読書をしてのんびりしていると、店内が僅かにざわついた。
本に夢中になっている私は、ざわつきが少し気になったものの顔を上げない。いちいち気にしていられなかった。
続きが気になり、急くようにページを一枚浮かせて指でこする。
その反対側の椅子に。
誰かが座った。
忙しい時間帯では、相席はそれほど珍しい事でもない。
でも人混みが苦手な私は、いつも混まない時間を狙ってここに来るのに。
おかしいな、と思いつつも、ページをめくって。
この席が好きなのかしら、だったら悪い事したな、と思って。
その瞬間、ちらりと目に入った赤。
惹き付けられるように顔を上げた。
銀髪にアイスブルーの瞳に存在感溢れる顔立ちに、遠目でもすぐにわかる真っ赤な真っ赤な革のコート。
あの人が、目の前にいた。
信じられない。魂が抜かれたよう。
ページをめくるのも忘れてぽかんと見つめる。
ああ、さっきのざわつきは貴方ね。納得。
でもなんで。
なんで私の所に。
赤い彼は、目の前にいてもやっぱり死ぬほど格好良かった。
私を見ておかしそうに笑ってる。
「いつも、俺の事見てただろ」
止まっていた思考が一気に引っ掻き回された。
嘘。嘘! 知ってたの?
探るような目付きに震える。
どうしよう。変な人だと思われる。
貴方を好きなだけなのに。
彼は続けた。
「俺もいつもお前を見てた」
ページをめくりかけていた手は、本から離れた。
2007/12/14