第21章 笑顔
ダンテはじっと動かず、いつものバタバタしている姿からは思いつかないくらい大人しくしている。
ゆっくりと、声のない会話をしているみたいで、も目を閉じる。
波も波紋もないが緩く曲線を描いてゆらめく水面のような時間に。
身体は心地よく包まれて、次第に眠りに引き込まれる。
しかしやがて、ダンテが動いた。
このまま眠ってしまいそうだったために、は思わず手を止めて目を開く。
ダンテは、遠いところを見ているようだった。
過去でも見ているような。
「………!」
次の瞬間、は我が目を疑った。
ダンテの水のような瞳から、溢れたように涙が流れていた。
ダンテはそれに気づいていないようにただ真っ直ぐ前を見つめている。
その目はやはり、もここの風景さえも捉えてはいない。
「………」
なぜか声をかけるのがためらわれて、は止まった手をきゅっと握った。
すると、その僅かな雰囲気を感じとったのか、すっとダンテの瞳がこちらを向く。
――ダンテ…?
涙は流れているのに、その瞳は渇いて見えた。
不思議な思いに包まれる。
ダンテは今、何を見ているの?
やがて。
たっぷりと一呼吸置いた後。
ダンテの唇は、空気を撫でるように動いた。
声は、初めからなかったように、何もない。
しかしには、唇の動きを読むだけでその声が聞こえるかのようだった。
確かに。
微かに。
唇は紡ぐ。
――かあさん
自然に、に優しい笑みが浮かんだ。
しようと思ってしたわけではないのに、初めて浮かべる笑みを浮かべた。
それは まるで。
彼の母のように、優しくおおらかで寛大に広く。