第8章 髪切り
自分も、あんな風に無理矢理にでも口づける事が出来れば。
ドアにもたれながら思う。
口づければ、嬉しそうな顔をしてもらえるのだろうか。でももし、嫌だったら?
嫌な顔をされたら?
が傷つくかもしれない。
もしも無理矢理口づければ、があいつを選んだ時、きっと重荷になる。
そして俺は嫌われる事になる。
それが怖い。
「―――ふん…」
バージルは自嘲して、ドアから身体を離した。
随分と考えが弱くなったものだ。失敗を考えて恐れるなど、俺らしくもない。
しかし、の事となるとここまで自分は怯えるものなのか。
それに多少の驚きがあるのも事実だった。
「悪くはない…が、心臓には悪いな」
ヒュウイの性格は厄介だ。無理強いが多い。
しかも、はそれに慣れているときた。
自分には全く勝ち目がないような錯覚。
錯覚?
確信の間違いじゃないのか?
―――くだらない…
つかえたものを吐き出すようにため息をつきながら、階段を降りる。
リビングにつくと、キッチンからは食器がぶつかる音がしていた。
どうやらちゃんと作っているらしい。しかもちらりと見た限りでは、かなり手慣れている様子だった。
バージルはソファに座り、朝食ができるのを待つ。
目を閉じると、自然と考えが頭を巡った。
ヒュウイが初めて家に来た時はあんなに強気でいられたのに、今はそれが信じられないほど弱い。些細な事で嫉妬し、良くない方へ思考が向いてしまう。
ヒュウイにを渡す気はさらさらないが、同時に大きな不安が。
の方がヒュウイを選んでしまうのではないかと。
―――あれほど大きな口を叩いたのにな…